髙橋美月(たかはしみづき) 愛媛県出身、群馬県在住。平成24年5月5日に26歳で入籍。夫と4歳の娘の3人家族。娘も生長の家が大好きで、行事に連れて行くと皆から愛され、ありがたく感じている。平成29年から群馬教区青年会委員長。光明実践委員。

髙橋美月(たかはしみづき)
愛媛県出身、群馬県在住。平成24年5月5日に26歳で入籍。夫と4歳の娘の3人家族。娘も生長の家が大好きで、行事に連れて行くと皆から愛され、ありがたく感じている。平成29年から群馬教区青年会委員長。光明実践委員。

 交際して2年が経った頃、ついに私の両親から「うちに連れて来なさい」とお許しが出ました。私の仕事が落ち着いた9月に、彼を実家に招待しました。母の運転で地元を案内し、父が仕事から帰って来た後、皆で夕食。母がテーブルいっぱいの料理を用意してくれました。父は弱いくせに珍しくお酒が進み、母と私は心配になってしまいました。食事が一段落して、ほろ酔い加減の父が「真面目な人で安心した。付き合うの許すけん」と言ってくれ、彼も「よろしくお願いします!」と頭を下げました。

 プロポーズらしいことも特になく、とても自然に結婚へと動き出しました。

 11月に彼の住む群馬県で開催された生長の家の講習会を私も受講して、彼の両親と群馬教区の皆さんに挨拶させていただきました。翌年の正月には彼の両親に、私の勤める生長の家宇治別格本山(*1)の新春練成会(*2)を受けていただき、母と彼も例年通り新年祭の奉仕に参加しました。父は参加しませんでしたが、練成会中の夕食後に、母と彼の両親を交えた話し合いの時間を作り、結婚の話が具体的にまとまっていきました。

 私は3月末に宇治別格本山を退職し、4月末に彼が住む群馬に引っ越しました。ですが、彼のアパートは今どきの30代男性が暮らすような住まいにはほど遠く、築40年ぐらいで、脱衣場も洗面台もなくてビックリ(台所で、洗面や着替えをしていたのだとか……)。彼は15年ほどそこに住んでいたので、大家さんが色々と直してくれたり、私が来る前に彼の両親と掃除してくれたみたいですが、私は「こんな家に住むのはイヤ!  これからどうやって生活したらいいの。もう帰りたい〜」と、母に電話で泣きつきました。

イラスト/石橋富士子

イラスト/石橋富士子

 翌日から不動産屋で賃貸物件を探し始め、1カ月後に引っ越しました。その準備中の平成24年5月5日に、無事入籍することができ、生長の家のSNSサイトpostingjoy(*3)のメンバーからも、たくさんの祝福のコメントをいただきました。

 その年の11月15日、宇治別格本山の宝蔵神社で結婚式を挙げました。参列者は親ときょうだいのみという結婚式でしたが、宇治の先輩たちが会場の後方に来て下さいました。

 母はあれほど私たちの交際を反対していたのに、式が始まる前の家族写真では満面の笑みを浮かべていましたし、カメラマンに撮影されたスナップ写真には、唇をキュッと結んで涙を堪えているものもありました。

 こうやって無事に式を挙げた私たちですが、結婚してから度々ピンチが訪れました。(つづく)

*1 京都府宇治市にある生長の家の施設。宝蔵神社や練成道場などがある
*2 合宿形式で教えを学び、実践するつどい
*3 2016年9月30日をもって終了