田中りか 山口県岩国市出身。平成13年5月に26歳で結婚。現在は福岡市在住。7歳と5歳の子育て真っ最中。母親教室を開催し、ノーミート料理を作って、仲間と語り合うのが楽しみ。生長の家白鳩会員。

田中りか
山口県岩国市出身。平成13年5月に26歳で結婚。現在は福岡市在住。7歳と5歳の子育て真っ最中。母親教室を開催し、ノーミート料理を作って、仲間と語り合うのが楽しみ。生長の家白鳩会員。

 生長の家を信仰していることを打ち明けてから数日後、田中さんから連絡がありました。お母様に相談したら、当時82歳のお祖母様が生長の家を知っていたというのです。お祖母様が18歳の娘だった頃、生長の家創始者の谷口雅春(*1)先生の講演会を聞きに行ったことがあり、「相手は自分を映す鏡」という話を覚えていて下さり、いいお話だったと太鼓判を押されたそうです。

 ただその時、彼から「信仰を持つことは自由だけど、結婚したら活動したり、子どもに教えを伝えたりしないでほしい」と言われ、私は「ハイ」と答えました。私は、人間は神の子であり、完全円満という教えを具体的に説明し、生長の家の素晴らしさを伝え、彼も納得してくれました。「りかちゃんの明るくて前向きなところは、生長の家のおかげなんだね」と言ってくれました。

 11月には結納を済ませ、結婚が決まりました。心の中で「神様ありがとうございます。ご先祖様ありがとうございます」と唱えていました。こんな素敵な人とめぐり合うことは、自分の力では到底できなかった、ご先祖様同士の結び合いやお導き、祖父母の先祖供養、父母の祈りのおかげとしか考えられませんでした。また、「花のつどい」(*2)を開催して、活動を続けてきて良かった、先輩方が言うように本当に幸せな結婚ができるんだと実感しました。今までやってきたことが実ったんだと思いました。

イラスト/石橋富士子

イラスト/石橋富士子

 平成13年5月、家族や親族の皆様に祝福され、私たちは結婚しました。私は26歳、夫は28歳でした。私は山口県の実家から引っ越し、横浜市で新婚生活をスタートさせました。2人での生活はとても楽しく、幸せな日々でした。横浜市で教員採用試験を受けなおし、小学校6年生を担任し、仕事も充実していました。しかし結婚して3年が過ぎても、一向に子どもを授からなかったのです。

 私は子どもが好きで、小さい頃から自分と同じように、3人の子を育てるのが理想でした。仕事も忙しく、最初は気に留(と)めなかったものの、3年、4年と経ち、一度近くの産婦人科で検査を受けました。しかし卵巣が少し腫れているものの、特に不妊の理由はないと言われました。

 その頃、仲良しの高校の友人夫婦6組でよく集まっていました。私たちは結婚は早めだったものの、結婚して5年が経ち、子どもがいないのはとうとう私たちだけになりました。みんなが子育ての苦労話をする中、話についていこうと頑張る私を見て、帰り道で夫が「りかちゃんがかわいそうだった。自分も少しその場にいるのが辛かった」と、ぽつりと言いました。  (つづく)

*1 昭和60年昇天
*2 生長の家の独身女性のつどい