橘高 千加子(きつたか・ちかこ)さん(60歳)広島県府中市 取材/佐柄全一 撮影/近藤陽介 「先祖供養をすると、ご先祖様も、今の私たちの幸せを共に喜んで下さっていると感じます」

橘高 千加子(きつたか・ちかこ)さん(60歳)広島県府中市
取材/佐柄全一 撮影/近藤陽介
「先祖供養をすると、ご先祖様も、今の私たちの幸せを共に喜んで下さっていると感じます」

 早春の週末、広島県府中市にある浄土宗の古刹(こさつ)には、お墓参りをする橘高千加子さんと母親のキヨヱさんの姿があった。橘高家は江戸時代からの旧家で墓石は20基ほどもあるが、一つひとつを洗い清め、持参した仏花をお供えし、静かに手を合わせた。

「今日は天気が良かったので母を誘いました。お盆やお彼岸はもちろん、毎月一度か二度は必ずお参りしています。草が生い茂る季節になると草取りが大変ですが、私たち家族や親族が生きているのはご先祖様のお陰(かげ)で、ご供養は当然のこと。こうしてお参りすると、ご先祖様が喜んで下さるのが実感できて、感謝の心が込み上げ、本当にうれしくなります」

自宅の仏前で、母親のキヨヱさんと聖経『甘露の法雨』を読誦

自宅の仏前で、母親のキヨヱさんと聖経『甘露の法雨』を読誦

 橘高さんは、自宅では仏前で聖経『甘露の法雨』(*1)を読誦(どくじゅ)して、先祖供養を欠かさないという。夫の出勤を見送った後、午前8時頃から、生長の家独得の座禅的瞑想法である神想観も実修するので1時間ほどかかる。

 今でこそ当たり前の日課だが、始めるようになったきっかけは、死に直面した15年前の出来事にさかのぼる。

末期がんからの再起

 祖父母の代から生長の家信徒で、2人姉妹の次女の橘高さんは、短大を卒業後、地元にあった生長の家養心女子学園(*2)で1年間学び、23歳で、大手運送会社勤務の文章(ふみあき)さんとお見合いをし、婿養子に迎えた。

 結婚生活は、転勤が多かったが1男2女を授かって順調そのもの。転居先では、白鳩会(*3)の誌友会(*4)や母親教室(*5)に参加してきた。

 平成10年には、ひとり暮らしだったキヨヱさんと府中市の実家で暮らし、文章さんは単身赴任の生活になる。この時から生長の家の活動に本腰を入れ、白鳩会の役職を引き受けて、自宅で誌友会や母親教室を開くようになった。

 ところが、それから間もない平成14年のこと。異常な発汗や全身の脱力感を覚えて診察を受けると、バセドー病と診断された。薬の服用で体調も回復したように思えたが、今度は喉に異変を感じて検査を受けると、二つある甲状腺の両方に腫瘍(しゅよう)が見つかり、両方のリンパ腺にも転移していた。当時の基準では末期の「ステージ5」と言われ、甲状腺もリンパ腺も全摘出となった。

「付き添ってくれた主人は顔面蒼白(そうはく)でしたが、私は『そうなのか……』と冷静に受け止められました。生長の家で『病なし』の教えを学んでいたからですが、一方で『その私がなぜ』という疑問が湧き、暗い気持ちにもなりました」

 手術は7時間に及んだが、経過は良好で10日間で退院し、自宅療養となった。その後は通院して経過を診るだけとなったものの、再発の可能性があって安心はできなかった。

感謝の心で先祖供養

 その時、姉で生長の家地方講師(*6)の田中加代子さんから、電話で「先祖供養をするといいよ」と助言があった。それまで疎(おろそ)かにしていたところもあって反省し、今後は実行しようと思ってキヨヱさんに打ち明けると、「ご供養は私がするから、あなたは無理をしないで休んでいなさい」と言ってくれた。

「それまで母は、心配した素振りを一切見せず、『娘の私が病気なのに……』と疑問に思ったほどでしたが、それは母には本物の信仰があったからだと気づきました。心配させてごめんなさいという気持ちと、母の深い愛に心から感謝することができました」

米寿を迎えたキヨヱさんは元気そのもの。「母は私の心の支えです」

米寿を迎えたキヨヱさんは元気そのもの。「母は私の心の支えです」

 キヨヱさんの先祖供養は、午前5時から始まる。霊牌(れいはい)と呼ばれる紙札に他界した祖父母や両親、流産児の名前を記入して1枚ずつ読み上げて感謝の言葉を唱え、聖経『甘露の法雨』を読誦する。橘高さんも体調の良いときは一緒に行い、数年後には、早朝はキヨヱさん、午前8時からは橘高さんという今日の先祖供養の順番になる。

 心配だった術後の経過だが、その後どの検査でも転移は見られず、体調は回復して病院とは無縁になった。

 それでも、家庭には様々な問題が起きることがある。橘高家でも長男の突然の離婚や、神奈川県に住む姪の夫が、交通事故で瀕死(ひんし)の重傷を負うという出来事もあった。

「長男の時も、姪の夫の時も、まず先祖供養と思って実践し、相手方のご先祖様にも感謝し、関係者全ての幸せを祈りました。母も姉も私以上に熱心に実践し、気がつくとすべて良い方向へと向かったんです」

 長男は、お互いが納得して別れることができ、翌年には縁あって再婚。赤ちゃんも誕生し、新婦の連れ子3人を加えて大家族になり、円満に暮らしている。

 姪の夫は、頭蓋骨骨折、脳挫傷、クモ膜下出血という診断だったが、19日間で退院し、後遺症もなく3カ月ほどで仕事に復帰できたという。

「私も健康で、世界一優しい主人との生活を楽しんでいます」

 文章さんは定年後、介護福祉士の資格を取得し、介後施設で働いている。

*1 生長の家のお経のひとつ
*2 生長の家の全寮制の専門学校。現在は休校
*3 生長の家の女性の組織
*4 教えを学ぶつどい
*5 母親のための生長の家の勉強会
*6 居住地で教えを伝えるボランティアの講師