田中りか 山口県岩国市出身。平成13年5月に26歳で結婚。現在は福岡市在住。7歳と5歳の子育て真っ最中。母親教室を開催し、ノーミート料理を作って、仲間と語り合うのが楽しみ。生長の家白鳩会員。

田中りか
山口県岩国市出身。平成13年5月に26歳で結婚。現在は福岡市在住。7歳と5歳の子育て真っ最中。母親教室を開催し、ノーミート料理を作って、仲間と語り合うのが楽しみ。生長の家白鳩会員。

 私たちが結婚して6年目に、4つ下の妹が女の子を出産しました。私は本当に嬉しかったし、両親も初孫に大喜びしていました。でも、父は私のことを思って、仏壇の前で「なんでりかは母親になれないんだ。かわいそうに」と男泣きしていたと後で聞きました。

 父はその後もずっと、私が子どもを授かった姿を思い描きながら、祈ってくれていたそうです。

 当たり前に赤ちゃんを授かると思っていた私にとって、人生初めての挫折でした。夫婦でつらさを共有し、たくさん話し合いました。その中で生長の家の話もよくしていたので、夫には少しずつ教えを伝えていました。夫は、「二人で生きる道もあるし、それでもいい」と言ってくれました。

 しかし私は、絶対に授かると信じていました。それは、生長の家の教えを知っていたからです。つらい時、私を支え導いてくれるのは、やはりこの教えなのです。その頃は、生長の家の本は読むものの、夫から言われた通り、生長の家の活動から離れていました。

 夫に「本部練成道場(*1)の練成会(*2)に行きたい」と頼むと、後悔がないように、と認めてくれました。この世界は心で描いた通りになる世界、三正行(さんしょうぎょう)(*3)を励行(れいこう)して強く祈っていれば、思いは必ず実現すると練成会で学ぶと、心が軽くなり、絶対大丈夫との信念が強くなりました。同時に、仕事の帰りが遅いことが不満で、夫と喧嘩していたことを反省し、生長の家の活動を認めてくれたことに夫の愛情を感じて感謝しました。

 半年後には、宇治別格本山(*4)の練成会に夫婦で参加することができました。宗教に不信感を持っていた夫でしたが、私や私の両親の言葉の端々から、生長の家はいい教えだと思うようになってくれたのです。一緒に講話を拝聴し、楠本加美野(くすもとかみの)・総務(当時)の個人指導も、一緒に受けてくれました。

イラスト/石橋富士子

イラスト/石橋富士子

 楠本先生は、「あなたが変わればいいのですよ」と優しく答えて下さり、心のもやもやが一気に解決しました。後で夫にだけ「奥さんのために、たまに早く帰ってあげたらいいね」とアドバイスして下さったと聞きました。そして、「全国流産児無縁霊供養塔で聖経『天使の言葉(*5)』を読んだら、必ず授かるから大丈夫」と言って下さいました。

 二人でご指導に感動し、初めて夫婦で声をそろえて聖経を読みました。宇治まで来て、恥ずかしそうに隣で読んでくれている夫の優しさに感動し、感謝の気持ちでいっぱいでした。私は「どうか私たち夫婦のところに来てね。幸せにするからね」と念じました。その一方で、「もし授からなくても、それが私に与えられた道ならそれでいい。素敵な夫に出会えたんだから、二人で生きていこう」と、すがすがしい気持ちになっていました。(つづく)

*1 東京都調布市飛田給にある生長の家の施設
*2 合宿形式で教えを学び、実践するつどい
*3 生長の家の大切な行とされている神想観、聖経読誦・聖典等の拝読、愛行
*4 京都府宇治市にある生長の家の施設。宝蔵神社や練成道場などがある
*5 生長の家のお経のひとつ