中倉富子 長崎市在住。2006年11月に25歳で結婚。小学校4年生、2年生、5歳の3児の母。リハビリの仕事と家事、育児に奮闘中。美味しいものを作るのと食べるのが大好き。生長の家の教区青年会役員は14年目。長崎南部教区光明実践委員。

中倉富子
長崎市在住。2006年11月に25歳で結婚。小学校4年生、2年生、5歳の3児の母。リハビリの仕事と家事、育児に奮闘中。美味しいものを作るのと食べるのが大好き。生長の家の教区青年会役員は14年目。長崎南部教区光明実践委員。

 彼の宗教に対する不信感が薄らいでいったのを良いことに、私はほとんど何の説明もせずに、彼を生長の家総本山(*1)で行われる団体参拝練成会(*2)に連れて行きました。びっくりされるかと思いましたが、実は彼の実家は長崎県西海(さいかい)市にある総本山の近くで、彼は中学校の部活で総本山の敷地内を走ったことがあったそうです。そのため、あまり抵抗感もなく参加してくれました。

 その時、前生長の家総裁の谷口清超先生(平成20年昇天)の講話を聴いてもらうことができました。彼の感想は「すごいおじいちゃんだね」というものでした。私と出会ったことで、彼は多くの新しい体験をしたと思います。初めてのことは緊張するものですが、彼はとりあえず一緒に来てくれました。

 付き合って半年が経った頃、母方の祖母が「長崎くんち」のお祭りを見物中に圧迫骨折してしまい、動けなくなりました。私と彼はリハビリの仕事をしていたため、すぐに祖母を迎えに行き、家に寝かせました。その時一緒に介抱していた彼を見て、祖母は痛みをこらえながらも、「富子ちゃん、この人でいいやかね」と言いました。祖母は婿や嫁に対して厳しく、あまりほめない人だったので、意外な言葉に私はびっくりしました。彼は苦笑いをしていました。

 そのことがきっかけで両親に彼の存在がバレてしまい、彼と一緒に挨拶に来るように言われました。結婚の挨拶でもないのに父方の祖母まで出てきて大騒ぎになりましたが、彼は来てくれて、「富子さんとお付き合いをさせてもらっています」と言ってくれました。

イラスト/石橋富士子

イラスト/石橋富士子

 それからは、彼は私の親戚との交流がはじまりましたが、伯母(おば)からは「あの暗そうな子が彼ね」と言われ、私はあまり印象は良くないのかなあと思っていました。しかしその後、祖母の葬儀や精霊流しなどにも彼は来てくれて、親戚とも仲良くなっていきました。

 生長の家の様々な行事にも一緒に参加するようになった彼は、教えを学べて良かったと言ってくれるようになりました。彼の父親は、彼が高校生の頃から関東に単身赴任していたためほとんど会うことがなく、しかも彼は元々父親に対してあまり良い思いを持っていなかったそうです。しかし、生長の家で父母への感謝の大切さを学ぶうちに、父親に対して感謝の気持ちが湧(わ)いてきたようでした。

 その頃には、彼は職場でも、私の親戚の間でも、仕事ができるようになったとか、明るくなったと言われるようになり、周囲に対する印象がとても良くなっていきました。           (つづく)

*1 長崎県西海市にある生長の家の施設。龍宮住吉本宮や練成道場などがある
*2 生長の家総本山に教区単位で参拝し、受ける練成会。練成会とは合宿形式で教えを学び、実践するつどい