後藤光香(ごとうみか) 名古屋市在住。保育士。平成28年3月に36歳で結婚。昨年1月に長女が誕生した。夫の実家、山形県小国町に長女を連れて里帰りした時、出会った人たちから「めんこいな」と笑顔で声をかけられ、家族といるようなひと時を過ごした。

後藤光香(ごとうみか)
名古屋市在住。保育士。平成28年3月に36歳で結婚。翌年1月に長女が誕生した。夫の実家、山形県小国町に長女を連れて里帰りした時、出会った人たちから「めんこいな」と笑顔で声をかけられ、家族といるようなひと時を過ごした。

 私は5人のきょうだいの一番上として育ち、母は「子どもたちが幸せになってくれることが一番幸せ」とよく言ってくれました。しかし、両親は喧嘩が絶(た)えず、私は「結婚生活は嫌なもの」と思うようになりました。さらに母が私を身ごもったから両親は結婚したと知って、自分の存在を認めたくないという気持ちをもつようになりました。

 そんな私でしたから、32歳で結婚したものの、性格の不一致から、わずか3カ月で離婚してしまいました。

 母から生長の家の教えを伝えられた私は、いつも漠然と生長の家総本山(*1)の団体参拝練成会(*2)に参加してきましたが、離婚後に参加した時は「どうしてこんなことになったんだろう」という思いばかりが頭をめぐっていました。そんな私を講師が優しく受け止めて下さり、その温かさに触れて、「これからは両親が悲しむようなことはしない。周りの人に嬉しいことを話せるようになろう」と気持ちが前向きになっていきました。

 生長の家で学んだように、この世界は心の思いが展開する世界で、潜在意識の中に両親を否定し、結婚は幸福ではないという思いがあったから、離婚することになってしまったのだと思い至りました。そして「潜在意識を浄(きよ)めることから始めよう」と、生長の家の教えを実践するようになりました。

 練成会で講師から「お父さん、ありがとうございます。お母さん、ありがとうございます」とノートに毎日書くことを教わり、一年間続けました。生長の家創始者・谷口雅春(*3)先生の『人類無罪宣言』(谷口雅春著、楠本加美野編、日本教文社刊)の筆写もはじめました。内容に感動しながら一言一句書き写していくと、行間から真理の息吹(いぶき)が伝わってきて、心地(ここち)良い気分に包まれました。さらに、練成会で浄心行(*4)を受けると、「神の子・人間」の思いに満たされ、気分は爽快(そうかい)になっていきました。

イラスト/石橋富士子

イラスト/石橋富士子

 地元の誌友会(*5)は参加するたびに元気をもらえました。「笑う練習をしています」など日頃していることを話したり、真理の講話を聴いたり、手作りカレーをいただいたりして、私にとって笑顔になれる時間でした。それまで積極的ではなかったお墓参りや先祖供養が習慣になると、何をするにもご先祖様の存在を感じるようになりました。

 幸せな気分になれるものを生活の中に取り入れることもしました。友人の結婚式でもらった手作りのブレスレットを、いつも使うかばんに付けたり、「いい!」と思った物や、きれいな色の消しゴム、手帳などを揃(そろ)えると気持ちが明るくなりました。この頃から木村カエラの「Butterfly」をほとんど毎日聴くようになり、こんなふうに幸せになる時が来るのかなと思うようになりました。(つづく)

*1 長崎県西海市西彼町にある生長の家の施設
*2 生長の家総本山に教区単位で参拝し、受ける練成会。練成会とは合宿形式で教えを学び、実践するつどい
*3 昭和60年昇天
*4 過去に抱いた悪感情や悪想念を紙に書き、生長の家のお経『甘露の法雨』の読誦の中でその紙を焼却し、心を浄める行
*5 教えを学ぶつどい