伊敷優希(いしきゆうき) 石垣島在住。2010年10月に27歳で結婚。5歳、2歳の男の子の母。息子の幼稚園のお友達&ママと、公園遊びに日々奮闘。2017年2月から沖縄教区青年会委員長。光明実践委員。

伊敷優希(いしきゆうき)
石垣島在住。2010年10月に27歳で結婚。5歳、2歳の男の子の母。息子の幼稚園のお友達&ママと、公園遊びに日々奮闘。2017年2月から沖縄教区青年会委員長。光明実践委員。

 26歳で結婚する予定だった。しかし、25歳4カ月の私は、結婚の約束をしていた彼と、先日別れたばかりだった。

〈26歳で結婚→27歳で第1子誕生→30歳までに第2子を出産……〉

 自分で描いていた“人生年表”のスケジュールが、崩れかけていた。

 大学時代には結婚について、「なんか面倒そうだな〜」なんて思っていた私だったが、23歳頃になると、なぜだか猛烈に結婚願望が湧き出した。母は26歳で結婚していて、自分がその年齢に近づいていることに焦りを感じたためだろう。

 実は、彼との別れ話は私から切り出したのだ。結婚願望の強い私がなぜ別れたのか、そこから話したいと思う。

 別れたのは交際2年目になる頃だった。付き合いはじめた頃から、彼とは結婚の話をしていて、彼はとても結婚したがっていたし、家庭的な夫、父親になれそうな頼りがいのある優しい人だったので、私もそのつもりでいた。

 大好きだし、結婚相手として申し分ない、でも胸の奥では「この人は、互いに与え合い、高め合う掛け替えのないパートナー、つまり“魂の半身”ではない気がする……」という思いが、なぜかいつもまとわりついていた。

 結婚に前向きになれないこの思いはどこから来るのだろう……私の中の神様やご先祖様が、「この人との学びはここまでで、あなたには別に結婚するべき人がいるよ」と導きの声をかけているのでは、と考えるようになった。

イラスト/石橋富士子

イラスト/石橋富士子

「一度別れてほしい。本当に結婚すべきか冷静に考えたい」と彼に話すと、彼はひどく混乱していたが、私には生長の家の信仰があり、それに基づいて至った考えだと理解してくれていたので、「もし君と縁があるなら、ここで別れてもまた繋(つな)がる気がする。君がそう言うなら別れてもいい」と言ってくれた。私にとってもつらい決断だった。だが、彼とはそれっきりになった。

 その頃の私は“人生年表”に急(せ)かされていた。「もう26歳が目前! 早く結婚相手に出会いたい! 出会わなきゃ!」、そんな焦りの中では、いい出会いがあるはずもなく、彼と別れてから半年が過ぎた。

 そんな頃、職場の同僚の披露宴で高校時代の先輩と再会し、話が弾んだ。その後、何度か二人で会ううちに「この人かも!」と思い付き合ってみた。しかし、焦るあまり、結婚相手かもしれないと錯覚していただけだった。2カ月でフラれ、つらい失恋を経験した。

 そこで決めた。「生長の家で教えられているように、きちんと神様に心を向けよう! 神様に全部托(たく)して、絶対の安心感の中で、必ずいつか出会う人生のパートナーを楽しみに、今すべきことをしながら、ときめきながら待とう!」、そう決意した。(つづく)