伊藤潤子さん(69歳)茨城県北茨城市 取材/多田茂樹 撮影/堀 隆弘 素直に自分を出せなかったのが嘘のように、毎月教えを学ぶ集いで講師として真理を説いている伊藤さん

伊藤潤子さん(69歳)茨城県北茨城市
取材/多田茂樹 撮影/堀 隆弘

素直に自分を出せなかったのが嘘のように、毎月教えを学ぶ集いで講師として真理を説いている伊藤さん

「小学生の時から人の輪の中に入っていけない子どもでした。休み時間も自分の席に座りっぱなしで、名前を呼ばれても返事ができず、周りからは極端に内気な子と思われていました」
 と、伊藤潤子さんは子どもの頃の自分を振り返る。
 別に人が嫌いなわけでもないので、反抗的だったり喧嘩したりはしない。それどころか内心では、クラスの仲間に混じって楽しく遊びたいと思っていた。ところが、どうしてもそれができない。勉強は問題なくついていけるが、精神的には悩んでばかりの毎日だった。
 双子の弟はさらにその傾向が強く、ある時期から不登校になった。生長の家の教えを熱心に信仰する母親が、弟のことを気にかけていつも祈っていただけに、自分の悩みを打ち明ければさらに母を悲しませるだろうと、相談することもできなかった。きちんと学校生活を送っているようによそおって、母親を安心させてはいたが、悩みを隠しているので、ますます苦しくなる。伊藤さんは自分の殻(から)の中に閉じこもるようになった。

自分を出すことができない苦しみ

「私はこのままで大丈夫という気持ちになれ、60年間の悩みから解放されました」

「私はこのままで大丈夫という気持ちになれ、60年間の悩みから解放されました」

 伊藤さんが救いを求めたのは、母親が熱心に読んでいた『生命の實相(*1)』だった。
「『生命の實相』は何度読んだか分からないほどです。その中には『人間は神の子である』と書かれていて、完全円満な神の子の姿が現象に現れないのは、潜在意識との不一致が原因だと学びました。それ以来、私は自分の潜在意識とずっと戦い続けていたんです」
 人にとけ込むことはできないが、勉強や仕事は普通にこなせたので、東京の医療系短大を卒業後、茨城県内の歯科医院に勤めた。学生時代から救いを求めて生長の家の練成会(*2)に頻繁(ひんぱん)に通ううち、秋田県出身で同い年の伊藤邦典さんと出会い、昭和48年に25歳で結婚した。その2年後に夫の郷里の秋田で暮らすことになった。
「秋田でも歯科医院に勤めましたが、見知らぬ土地ということもあり、周囲の人にとけ込めない悩みは続いていました。何度も『生命の實相』を読み返し、『潜在意識を浄(きよ)めなければならない』と頭では分かっていても、全然解決できないのが辛かったです」
 邦典さんは秋田教区で相愛会(*3)連合会長の要職に就き、信仰活動をリードするようになったが、伊藤さんの心はどうしても晴れなかった。

冬の陽が射す庭で、椎茸の天日干しを作る

冬の陽が射す庭で、椎茸の天日干しを作る


 その後、秋田での暮らしが30年になった平成16年、85歳の母親の世話をするため、単身で茨城の実家に戻った。
「母はそれまでも『病気のデパート』と言われるほど様々な病気を経験しましたが、そのたびに信仰の力で乗り越えてきました。でも高齢でもあるし、私がそばにいなければと思ったんです」
 母親と一緒に練成会に参加した時のこと。教化部長(*4)の講話を一緒に聞いた時、長年の悩みの解決の糸口を見つけた。
「初めて、『本を読んで、理屈だけで教えを分かったつもりになっているうちはダメだ』と分かりました。実生活で行(ぎょう)じなければならなかったんです」
 伊藤さんは白鳩会(*5)の活動に参加しはじめ、平成17年には地方講師(*6)試験にも合格した。ただ、白鳩会の誌友会(*7)に講師として出講するようになっても、まだ根本的な解決には至らなかった。
「その頃はまだ葛藤(かっとう)がありました。神想観(*8)、聖経(*9)読誦(どくじゅ)、愛行(*10)という『行(ぎょう)』をしっかりできていない自分を認めることができず、講師としてどこか無理していたんです。だから本当の自分を現し出すことができなかったんです」

突然訪れた回心の時

 その苦しみが最高潮に達したのが、平成21年だった。この年の1月から伊藤さんはうつ病になってしまい、日常生活にも不自由するようになった。
「誌友会は義務感だけで続けていましたが、喜びがなく、全然身が入らないんです。お湯が沸いても気づかず、スーパーに買い物に行っても、ふと気づけば何も買わずに出てきたりしていました。母の世話はなんとかできるんですが、食事が喉(のど)を通らず、不眠も続きました」
 だが、教化部長の個人指導を受けてからは、教わった通りに他の人たちの幸せを真剣に祈り、たとえ嬉しくなくても、「嬉しい、楽しい、ありがたい」という言葉を繰り返した。「追い詰められて、初めて『行』の大切さに目覚めた」という。
 食欲がなく不眠の状態が10カ月ほど続いたある日、練成会での祈り合いの神想観(*11)が終わり、「救われました」とお礼の言葉を言った途端に、急に「パチッ」とスイッチが入ったような瞬間があった。
「突然、私の中で電気がパッと点いたように感じ、救われた心地になったんです。『ああ、こんな楽な世界があったのかしら!』と驚きました。それまでは本当は人にとけ込みたいのに、何か“別の力”が働いて、どうしても自然にできなかったのが、急に憑(つ)き物が取れたように、自分自身を素直に表現できるようになったんです。行を真剣に続けたおかげで潜在意識が明るく浄まり、私はこのままで大丈夫という気持ちになれたのだと思います」
 現在の伊藤さんは話をする時もリラックスしていて、楽しそうによく笑う。
「だって、60年間の悩みから解放されたんですもの」
 あのうつ病は、伊藤さんにとって本当の自分が解放される直前の、劇的な最終ステージだったのかもしれない。
 今では、月に3回は講師として誌友会で真理の話をするのが、本当に楽しいという。そして、秋田から茨城に来てくれた夫と一緒に暮らすようになり、自宅近くに母親が建てたアパートの一室を、今年(2018)1月から「茨城教区県北道場」として開放し、自分を救ってくれた教えを、地域に広めようと力を尽くしている。

夫の邦典さんと「茨城県北地域の伝道に尽くそう」と語り合う

夫の邦典さんと「茨城県北地域の伝道に尽くそう」と語り合う

*1 生長の家創始者・谷口雅春著、日本教文社刊。全40巻
*2 合宿形式で教えを学び、実践するつどい
*3 生長の家の男性の組織
*4 生長の家の各教区の責任者
*5 生長の家の女性の組織
*6 教えを居住地で伝えるボランティアの講師
*7 教えを学ぶつどい
*8 生長の家独得の座禅的瞑想法
*9 生長の家のお経の総称
*10 生長の家の月刊誌配布など、愛の行い
*11 祈る側と祈られる側とに分かれて行われる神想観