大島堅一(おおしま・けんいち)さん(龍谷大学政策学部教授、原子力市民委員会座長) 聞き手/矢野裕大さん(生長の家国際本部職員、生長の家本部講師)写真/堀 隆弘 大島堅一さんのプロフィール 龍谷大学政策学部教授。1967年福井県生まれ。1992年一橋大学社会学部卒業。1997年同大学大学院経済学研究科博士課程単位取得。経済学博士。専門は環境経済学、環境・エネルギー政策論。福島第一原発事故後、経済産業省総合資源エネルギー調査会問題委員会委員、内閣官房国家戦略室エネルギー・環境会議コスト等検証委員会委員などを務め、2018年から原子力市民委員会座長。主な著書に、『再生可能エネルギーの政治経済学──エネルギー政策のグリーン改革に向けて』(東洋経済新報社)、『原発のコスト──エネルギー転換への視点』(岩波新書)、『原発はやっぱり割に合わない──国民から見た本当のコスト』(東洋経済新報社)などがある。

大島堅一(おおしま・けんいち)さん(龍谷大学政策学部教授、原子力市民委員会座長)
聞き手/矢野裕大さん(生長の家国際本部職員、生長の家本部講師)写真/堀 隆弘

大島堅一さんのプロフィール
龍谷大学政策学部教授。1967年福井県生まれ。1992年一橋大学社会学部卒業。1997年同大学大学院経済学研究科博士課程単位取得。経済学博士。専門は環境経済学、環境・エネルギー政策論。福島第一原発事故後、経済産業省総合資源エネルギー調査会問題委員会委員、内閣官房国家戦略室エネルギー・環境会議コスト等検証委員会委員などを務め、2018年から原子力市民委員会座長。主な著書に、『再生可能エネルギーの政治経済学──エネルギー政策のグリーン改革に向けて』(東洋経済新報社)、『原発のコスト──エネルギー転換への視点』(岩波新書)、『原発はやっぱり割に合わない──国民から見た本当のコスト』(東洋経済新報社)などがある。

 1〜3号機がメルトダウン(炉心溶融)して大量の放射性物質が放出され、国際原子力事象評価尺度(INES)で最悪レベルの7に分類された東京電力福島第一原子力発電所の事故。未だ収束しないにもかかわらず、そうした事実が風化しているだけでなく、原発再稼働の動きが活発化しつつある。そこで今回は、脱原発を掲げてさまざまな活動を行っている、龍谷大学政策学部教授で原子力市民委員会座長の大島堅一さんに、福島第一原発事故を再検証していただくとともに、原発の問題点、原発の安全神話、原子力村の実態、脱原発を実現するための方策などについて聞いた。

inoti118_rupo_2未曾有の大事故福島第一原発事故を振り返って

──福島第一原発事故は、発生から8年以上が過ぎた今、報道も少なくなって、記憶から薄れかけているという印象があります。ここでもう一度、福島第一原発事故について振り返っていただければと思います。

大島 その特徴をあげると、5つに整理できると思います。

 1つ目は、世界で初めて地震や津波によって起こった大事故だったということですね。日本は地震大国ですから、地震や津波によって原発事故が起きたということに、重大な意味があります。しかも、地震、津波で被害を受けた人々に、追い打ちをかけるように放射能汚染の影響が加わったわけです。

 2つ目は、スリーマイル島原発事故やチェルノブイリ原発事故と違い、事故を起こした原子炉が3つ(1~3号機)と複数に及んだということです。さらに、原発内にある6つの使用済み燃料プールのうち4つ(1~4号機)の冷却機能が失われました。

事故直後の福島第一原発の惨状。1〜3号機がメルトダウン(炉心溶融)した

事故直後の福島第一原発の惨状。1〜3号機がメルトダウン(炉心溶融)した

 原発では、原子炉に加えて使用済み燃料プールも冷やし続けなければならないんですが、冷却機能の喪失によってこのプールが破損すれば、大量の放射性物質を空気中に放出してしまう可能性があったんです。

──他の3つはどんなことですか。

大島 3つ目は、事故の一応の収束までに非常に長い時間を要しているということです。国際原子力事象評価尺度でレベル5のスリーマイル島原発事故は、収束までに数日、福島第一原発事故と同じレベル7のチェルノブイリ原発事故でさえ、約2週間で収束し、7カ月後には石棺による封じ込めが行われました。ところが福島第一原発事故は、8年以上を経ても収束の目処が立っていません。これほどの長期間、原発が制御不能に陥ることは人類にとって初めての経験です。

inoti118_rupo_4 そして4つ目は、放射能汚染地域が広範囲に及び、福島県や東北地方に限らず、日本各地に広がり、津波や地震の被害を大きく超えたということです。  

 最後の5つ目は、汚染の不可逆性ということです。福島第一原発周辺の高濃度汚染地域の住民の皆さんは、全員が短期間のうちに追い立てられるようにして避難し、長期間にわたり生活環境が失われました。この不可逆性が、私たちが経験したことがない、福島第一原発事故の大きな特徴だと言えると思います。

予見されていた事故東電の責任は免れない

──今、お話を伺っただけでも、あの事故が未曾有のものだったということが改めて分かりました。ところが、あれだけの重大な事故を起こしておきながら、東電はもちろん原発政策を主導した政府の誰も責任を取らない。それはおかしいというのが、普通の国民感情だと思います。これについてはどうお考えですか。

大島 その通りですね。昨年(2019)の9月19日、原発の事故を起こした当時の東電の旧経営陣、元会長、元副社長に無罪の判決が下りました。東電は、事故の原因は「想定外の津波」にあったとし、法律に則ってしっかり対策をとっていたが、人知を超える「想定外」の事態が起きたという主張を繰り返してきました。それを裏付けるように、東電が2012年6月に自社で行った調査を基にまとめた事故調査報告書にも、津波は「想定外」であり、国からも指示がなかったという趣旨の文章が書かれています。

 このような態度は、きわめて不誠実で著しく当事者意識を欠いていると言わざるを得ません。問題とすべきは、なぜ「想定外」になってしまったのか、なぜ自主的に対策を取らなかったのかということなんです。そうでないと、これからも事故を防止することはできません。

──あの事故は、予見されていたという話も聞きますが……。

inoti118_rupo_5大島 地震学者で、神戸大学名誉教授の石橋克彦さんは、事故が起きる14年も前の1997年、次のような指摘をしています。

 「原発にとって大地震が恐ろしいのは、強烈な地震動による個別的な損傷もさることながら、平常時の事故と違って、無数の故障の可能性のいくつもが同時多発することだろう。とくに、ある事故とそのバックアップ機能の事故の同時発生、例えば外部電源が止まり、ディーゼル発電機が動かず、バッテリーも機能しないというような事態がおこりかねない(*)」

 地震に対する原発の脆弱性や津波対策の不備については、早くから警告が出され、国会でも同様の指摘がなされていました。例えば福島県の隣の茨城県にある日本原子力発電の東海第二原発では、2007年、茨城県によってつくられた「津波浸水想定」に合わせて自主的に津波対策を行い、東日本大震災の2日前に工事を完成させていました。そのため、福島第一原発のような事故は起きなかった。

 これとは対照的に東電は、2008年に最大15.7メートルの津波が来るという試算を内部で行っていたにもかかわらず、その結果を国に報告したのは、震災直前の2011年3月7日です。事故の可能性を知っていたのに、お金がかかるという理由で工事をせず、結局「想定外」ということにしてしまったんです。

原発が抱える3つの大きな問題点

インタビューに答える大島さん。右は、聞き手の矢野裕大さん

インタビューに答える大島さん。右は、聞き手の矢野裕大さん

──次に、基本的なことで恐縮ですが、大島さんが監修された『おしえて! もんじゅ君』(平凡社)に書かれている原発の問題点、❶「むずかしい放射能の管理」、❷「つくりすぎちゃう電気とムダづかい」、❸「処分に10万年かかるゴミ」について教えていただければと思います。

大島 ❶は福島第一原発事故に見るように、いったん事故が起きると、放射性物質が漏れ出して、人間の手では制御できなくなる可能性があるということです。

inoti118_rupo_7 原発は核分裂反応によって熱を作り出して蒸気を発生させ、タービンを回して電気をつくるわけですが、ウラン235が核分裂を起こすときには、原子炉の中で放射線であるγ(ガンマ)線や中性子線が発生します。放射線の中には、被曝すると、浴びたほうも放射線を出すようになる性質のものもあるため、一度原発を運転し始めると、原子炉自体も放射線を出すようになり、炉内を通る冷却水などにも放射性物質が混じって、強い放射線を出すようになるんです。

 動かしている間はもちろん、廃炉になった後も、現場で働く人にとっては、放射線被曝の問題がつきまとう。これがまず大きな問題です。

──❷についてはいかがですか。

大島 これは、核分裂反応によって電気をつくる原発は出力調整が難しいということです。電力の需要がそんなに多くない夜間にも、どんどん電気をつくってしまう。ひと頃宣伝された「オール電化」というのは、有り余った電力を消費させるのにぴったりのライフスタイルだったんですね。しかし、そうしてどんどん電気を使う生活をしていると、必然的に電力の需要が増え、設備容量が足りなくなり、さらに原発を建てて、また電力が余るという悪循環に陥ってしまうわけです。

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──なるほど。❸についても教えてください。

大島 皆さんもよくご存知だと思いますが、原発は、処分方法が見つかっていない放射性廃棄物をたくさん生み出してしまうわけです。使用済み核燃料やその他の放射性物質を含むゴミをどこに保管するか、どう処理するかということについては、未だに解決の目処が立っていないというのが実状です。

龍谷大学の大島さんの研究室で

龍谷大学の大島さんの研究室で

 使用済み核燃料は、近づくと人が死んでしまうくらいの強い放射線を出すため、コンクリートや金属で覆って保管しておかなければならない上、無毒化(放射線がほとんどなくなる)までには、数万年から数十万年もかかってしまう。原発が“トイレのないマンション”と言われる所以がここにあるわけです。

破綻してしまった原発の4つの神話

──原発の神話として、❶「安全である」、❷「コストが安い」、❸「環境にやさしい」、❹「準国産エネルギーである」というものがあります。❶については、福島第一原発事故で崩れてしまいましたが、他の3つはまだ生きている気がします。本当にそうなんでしょうか。

大島 4つのいずれも、福島第一原発事故以前に繰りかえし言われてきたことで、それらが原発の大きな推進力になってきたんですね。しかし、❶については、今言われたように覆ってしまいました。

 ❸は、「温室効果ガスが出ない」「二酸化炭素が出ない」ということでしたが、あの事故でそれらを遙かに上回る放射能汚染が生じたわけですから、もう「環境にやさしい」と信じる人はいなくなったと思います。

 ❹についても全くおかしい。なぜかと言うと、原発の燃料であるウランは外国産だからです。準国産というのは、原発から出る使用済み核燃料からプルトニウムを取り出し、再利用すれば国産エネルギーと同じなんだという理屈で、準国産エネルギーだと言っているにすぎません。しかし、この核燃料からプルトニウムを取り出して再利用するという計画も、「高速増殖炉もんじゅ」の失敗(国は失敗とは言っていませんが)によって、もはや破綻しています。

──「コストが安い」ということについてはどうでしょうか。

大島 これは、「発電方法別コストのちがい」を見ていただくと、それが見せかけの安さであることが分かると思います。それ以外にも、福島第一原発事故後、原発の安全規制が非常に強められたので、新しく建てる原発については、建設費のコストが従来の2倍から3倍に増えているんです。

 そのため、もう「コストが安い」ということで、新規の原発が建てられることはなくなりました。アメリカでもイギリスでも、原発のコストが非常に高いからつくれない。2019年1月、日立製作所が、これまで進めてきたイギリスでの原子力発電所建設計画「ホライズン・プロジェクト」の凍結を決めたのも、そうした理由からです。ですから、「コストが安い」という神話もなくなったと言えるでしょう。

危険を知りながら原発を主導原子力複合体の実態

──原発の問題を考える時、よく聞くのが、「原子力村」という言葉です。これはどういうものなんでしょうか。

大島 日本における原子力開発の主体となったのが、原子力村と称される利益集団です。これは、原発の開発ということで利害が一致する政治家、官僚、財界、労働組合(電力総連など電力関連の労働組合)、学会、各種メディアによる一種の運命共同体で、村というにはあまりに根が深く、パワフルなので、私は「原子力複合体」と呼んでいます。

 テレビ、新聞、雑誌などのメディアも、金の力でこの複合体に取り込まれ、数々の原子力神話の普及に尽力し、大学の学者も学術的権威を与える役割を果たしてきました。こうした人たちは、チェルノブイリ原発事故が起きても、「日本の原発だけは大丈夫」と言い続けてきたんです。

──こういう方々は、最初から「原発に危険はない」と考えていたということなんでしょうか。

大島 いや、危険だと知っていたと思いますね。原発を開発しようとしていた時、大事故が起きたらどの程度の被害になるのかについて、1959年、当時の科学技術庁(現在の文部科学省)が日本原子力会議(今の原子力産業協会)に委託してまとめた調査報告書があります。それには、福島第一原発の3分の1ほどの規模の原発であっても、いったん事故が起きれば、物的被害だけで1兆円以上になるとあります。当時の国家予算は1兆8千億円程度でしたから、事故が起きたら国家破綻の危機に直面すると報告されていたのです。

 ですから政府内部には、確かに原発に対する危機意識があったはずなんですが、1970年代に本格的に原発が稼働するようになると、どういうわけか、こぞって「原子力は安全だ」と言い始めた。原発の安全性について異論が許されない空気の中、繰り返し安全だと言っているうちに、そう信じ込んでしまったのではないかという気がします。

 その結果、政府の「原子力防災指針」も、お粗末なものになってしまいました。チェルノブイリ原発のような大事故は日本で起こることはないという前提で、スリーマイル島原発事故に倣い、事故の規模を小さく見積もったものになったのです。

 そのため、特別な防災対策を施す地域を、8~10キロ圏内に限定してしまった。チェルノブイリ原発事故を念頭に置いていれば、少なくとも30キロ圏内とされていたはずですが、そうならなかったために、事故が起きた時に災害対策のセンターとなるべき「オフサイトセンター」が、福島第一原発事故の時には避難区域に入ってしまい、その役割を全く果たせませんでした。

 これだけを見ても、原子力複合体の責任はとても大きいと言わなければなりません。

ドイツに倣い、脱原発の具体的プログラムを

──脱原発を実現するためにどうすべきなのか、大島さんの考えを聞かせてください。

大島 今後、原子力をどうするかを考える時に、まず押さえておくべきことは、東日本(東北・関東)においては、事実上これまでのように原発を推進する条件がなくなったということです。福島第一原発事故が目の前にある東日本にとって、「原子力は安全」という神話は、金輪際通用しません。東日本で原発を再開させたり、ましてや新規の原発をつくるなどということは、極めて難しい状況になっています。

inoti118_rupo_10 現に被災した福島県は、2011年8月に「福島県復興ビジョン」を策定し、3つの「復興にあたっての基本理念」の第一に、「原子力に依存しない、安心・安全で持続可能な社会づくり」を掲げています。そこでは、これまで国や電力会社が安全性を繰り返し主張していたにもかかわらず、原発事故が起き、長期にわたって甚大な被害を及ぼすことが明らかになったこと、さらに、大都市部に人口とエネルギーが集中する一方で、その供給を地方に担わせてきたことが述べられ、それを踏まえて、「何よりも人の命を大切にし、安全・安心な社会を目指さなければならない」と謳われています。

──福島第一原発事故を受けて、ドイツでは、いち早く脱原発への道を歩み出しましたね。

大島 脱原発は、もはや理念ではなく、現実の政策として捉えなければならない問題であるわけで、この点で機敏な政策判断を下したのがドイツです。ドイツでは、福島第一原発の事故後すぐ、政権内部で脱原発の議論を開始し、2011年6月、「2022年までに国内の全ての原発を廃止する」という政策を閣議決定しました。

 当時のメルケル首相が所属するドイツキリスト教民主同盟と連立与党である自由民主党は、いずれも保守政党であり、事故前は原発の10年運転延長を認めるなど、脱原発に後ろ向きでした。それがあの事故を機に一変し、政治的立場を超えて脱原発で一致したわけです。まして被災国である日本は、国民世論を受け止め、ドイツと同様、できるだけ早く脱原発へと足を踏み出すべきです。

──ドイツのように、脱原発を実現するための具体的政策プログラムを立てる必要があるということですね。

inoti118_rupo_11大島 そうです。脱原発という政策課題は、決して実現不可能ではありませんから、5年、10年などと期限を切って実現していく必要があるのです。

 原子力は、そもそも電力しか供給できない限定的なエネルギーであり、日本全体のエネルギー消費(電力以外のエネルギーを含む)の9パーセント程度を賄っているにすぎません。それに、石油や石炭と同様、ウランも枯渇する有限な資源である上、処理不可能な放射性廃棄物を大量に生み出すんですから、いずれ太陽光や風力など、開発可能な資源量が莫大にある再生可能エネルギーに移行する必要があったわけです。ですから、今回の福島第一原発事故で、そのスケジュールが前倒しになったということなんです。

子どもや孫たちから問われること「あの時、あなたは何をしたのか」

──最後に、これからのエネルギーを考える時、私たちはどのようにしていけばいいのか、教えていただければと思います。

大島 「私たちは何をどのようにしていけばよいのでしょうか」というのは、私がいろいろなところでお話しする時に、必ずといってよいほど聞かれる問いです。人生がそれぞれであるように、その答えは一つではないでしょう。

 しかし私はこう思っています。「私たちは何をどのようにしていけばよいのでしょうか」と問うことは、私たちの子どもや孫たちから、「あの時、あなたは何をしたのか」と問われていることと同じだと。

 そう考えれば、将来世代に、放射性廃棄物と事故のリスクという巨大な“負の遺産”を残すのか、安心・安全な再生可能エネルギーに移行し、持続可能な社会を残すのか、答えは自ずと出るはずです。

 これからは、皆さん一人ひとりにどうすればいいかを考えていただき、未来に向け「責任ある関与」をしていただきたいと思います。それこそが、最悪の原発事故を経験した私たちの責務ではないかと思うのです。原発事故が起こった事実を変えることはできませんが、将来は、私たちの手に委ねられているからです。

──本日は、大変勉強になる貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。(2019年10月2日、京都市の龍谷大学にて)

*=『科学』1997年10月号「原発震災──破滅を避けるために」