東家隆典(とうや・たかのり)さん│70歳│熊本市東区 チェロを演奏する東家さん。「弾くたびにチェロの奥深さを感じます」  取材/佐柄全一 写真/高木あゆみ 

東家隆典(とうや・たかのり)さん│70歳│熊本市東区
チェロを演奏する東家さん。「弾くたびにチェロの奥深さを感じます」 
取材/佐柄全一 写真/高木あゆみ

 チェロが出せる音域は、人間の声に一番近いと言われる。その癒しの音色に魅せられ、チェロを愛好する東家隆典さんは、毎月1回、自宅で弦楽器による演奏会を開いている。東家さんがチェロを担当し、バイオリンとビオラ2人ずつを加えて、ビバルディの『四季』や、モーツァルトのディベルティメントなどを奏でている。

「私を含め、皆さんアマチュアの人たちですが、心を一つにして演奏すると、心地よいハーモニーが生まれ、とても楽しい気持ちになります」

音楽との出合いは、小さな頃に習い始めたバイオリン。今も時折、バイオリンを奏でている

音楽との出合いは、小さな頃に習い始めたバイオリン。今も時折、バイオリンを奏でている

 そう話す東家さんが演奏会を始めたのは、5年前、熊本地震が発生して間もない頃のこと。東家さん宅は被害を受けなかったが、その直後、膵臓がんを患っていた妻の容子さんが亡くなった。夫妻には子どもがいなかったため一人暮らしとなり、寂しさと不安の入り交じった日々を過ごすようになった。

 そんな折、バイオリン教室を開いていた容子さんの教え子から、「これから毎月1回、先生を偲ぶ演奏会を開きたい」という申し出があった。

「私を元気づけようという心遣いも嬉しくて、喜んで受け入れました。あれから5年経ちましたが、今も教室の生徒さんたちが集まってくださり、毎月欠かさずに開いています」(今は新型コロナ感染拡大のため休止中)

 札幌市で生まれ育った東家さんは、音楽好きな両親の勧めで、小さい頃からバイオリンを習い始め、発表会などでも演奏するようになった。

「中学、高校時代は、他に熱中することがあったため、バイオリンから遠のいたんですが、大学で入ったオーケストラ部で深い音色を持つチェロに惹かれ、のめり込むようになったんです」

 大学卒業後も、東京の建設コンサルタント会社で働く傍ら、アマチュアのオーケストラで活躍。37歳で、音楽大学を出てバイオリン教室を主宰していた容子さんと結婚し、45歳のときには、東家さんの親戚が経営する熊本の会社から招かれた。熊本市に転居後もアマチュアオーケストラに入り、容子さんと一緒に演奏活動を続けたという。

「妻は、母親から生長の家の教えを伝えられ、バイオリンの指導に『褒めて伸ばす』という生長の家の教育法を生かしていました。でも、私は全然興味がなかったんです」

 容子さんを亡くした後、聖使命会(*1)に自ら入会する手続きをしようと、生長の家熊本県教化部(*2)を訪ねた。その折、まず敷地内にある龍宮住吉分社にお詣りし、手を合わせていると、不意に涙が溢れて止まらなくなった。

「そのとき、妻が多くの人に慕われていたのは、生長の家の信仰をしていたからであり、その妻が一番喜ぶのは、私が信仰を受け継ぐことではないかと思ったんです」

 それを機に、東家さんは誌友会(*3)などに参加して生長の家の教えを学ぶようになった。

「『人間のいのちは永遠生き通し』という教えに救われました。これからも信仰を深めながら、妻を慰霊するための演奏会も続けていきたいと思っています」

左/自宅テラスで生長の家相愛会の皆さんと。左から萩原伸泰さん、東家さん、井上昭治さん 右/聖経を誦げ、亡くなった容子さんの供養に努めている。「『人間のいのちは永遠生き通し』と実感できるようになりました」

左/自宅テラスで生長の家相愛会の皆さんと。左から萩原伸泰さん、東家さん、井上昭治さん 右/聖経を誦げ、亡くなった容子さんの供養に努めている。「『人間のいのちは永遠生き通し』と実感できるようになりました」



*1=生長の家の運動に賛同して献資をする会 
*2=生長の家の布教・伝道の拠点
*3=生長の家の教えを学ぶ小集会