2019年8月に制作した「弁才天」(写真は、筆者提供)

2019年8月に制作した「弁才天」(写真は、筆者提供)

松村智麿(まつむら・ともまろ) 1963年、大阪府生まれ。大阪府の摂南大学卒業。19歳の時に、京仏師、松久朋琳氏の講演会を聴いたのがきっかけで、仏像彫刻の道へ。以来35年、仏像彫刻に精進し、仏教美術展などに作品を出品してきた。生長の家相愛会兵庫教区連合会事務局員。生長の家地方講師。

松村智麿(まつむら・ともまろ)
1963年、大阪府生まれ。大阪府の摂南大学卒業。19歳の時に、京仏師、松久朋琳氏の講演会を聴いたのがきっかけで、仏像彫刻の道へ。以来35年、仏像彫刻に精進し、仏教美術展などに作品を出品してきた。生長の家相愛会兵庫教区連合会事務局員。生長の家地方講師。

 昔、仏像教室で修練に励んでいた頃のことである。一刀彫りの弁才天(べんざいてん)を彫り参らせながら、師がこんなことを話してくれたのを懐かしく思い出す。

「弁才天さんはな、七福神の中でも商売繁盛の神様として知られる恵比寿さんと比肩するくらい、よう願い事を聞いてくれはる仏さんやから“弁財天”とも書くけど、ほんまは“弁才天”と書いた方が、その働きが広がるんやで」

 弁才天は、琴を抱き、奏でているのが大きな特徴で、そのことから、仏の教えを「琴の音色」を通して説くと伝えられている。しかもそれだけではなく、「良き琴(事)を聞かせる」ということから、常に前向きな説法しかしないとも言われるのである。

 そして、「才」の字が使われた弁才天は、祈る人にふさわしい才能の開花を導き出し、琴を抱いて奏でていることから、音楽などの芸術分野での願い事も叶えてくれる仏様と言われる。

 日本土着の神祇信仰(古神道)と仏教信仰が融合し、一つの信仰体系として再構成された神仏習合色が強かった江戸時代頃には、そうした考え方を象徴するように、頭部の宝冠帯の部分に、神社の鳥居を象っている弁才天のお像も見られる。これは、神社に参拝する人は必ず鳥居を潜り、それから本殿の前に進んで、願いごとが叶うように祈りを深めることから造られたものだとされる。

 また、弁才天がお祀りされているところは、湖に近い寺社仏閣に多いため、弁才天は、自然の恵みである「水の働き」を司る仏様としても知られている。

 師からは、弁才天を彫り参らせる際の注意として、「人が拝していると、良き琴の音色が聞こえてきそうな感じで」「七福神の中でも、唯一の女性像ではあるが、女性像であることをあまり意識せず、中性を示す観世音菩薩をイメージしながら」彫ること──この2つのアドバイスをいただいたことを鮮明に覚えている。

 あの時の師の言葉をありありと思い浮かべながら、今回、弁才天のお像を彫り参らせていただいた。

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