inoti125_sinkou_1_b 私は漁師をしている両親のもとに生まれました。父は無口な人でしたが博学で、漁で獲ったタツノオトシゴやカブトガニなどの生き物についてよく教えてくれました。

 その影響で生き物が大好きになり、小学生の頃には、母が買ってくれた生物図鑑をボロボロになるまで読み込むようになりました。両親のおかげで、自然や生き物に対する愛が育まれたと思います。

 昭和57年に地元の高校を卒業して、愛媛県にある大手企業に就職しました。職場環境も良く、周囲ともすぐ打ち解けて、順調な社会人生活をスタートさせることができました。しかし、入社して7年が過ぎた頃、些細なことで同僚とケンカをしてしまい、誰にも相談できず一人で悩みを抱え込んでしまったため、精神が不安定になって、休職せざるを得なくなりました。

 生長の家の教えに触れたのはそんな時でした。心配した両親が交流のあった生長の家の地方講師(*1)に相談したところ、香川教区の練成会(*2)に参加するよう勧めてくれたのです。

「このままではいけない」と思っていたので、何か解決の糸口を見つけられればと、勧められるまま練成会に参加しました。何もかもが初めてでしたが、運営の人たちも参加者の皆さんもとても温かく、居心地の良さを感じました。

 そこで聴いた「唯神実相」(*3)「唯心所現」(*4)「人間は完全円満な神の子」「病は心の迷いが仮に現れたもので、本来ない」という教えは新鮮で、心に響きました。唯心所現の教えによって、同僚とのいさかいも、自分の心が招いたものだったと分かり、深く反省しました。

 練成会で力を得、ほどなく職場に復帰し、ケンカした同僚とも前のように普通に接することができるようになりました。子どもの頃、家の裏にあった住吉神社でよく遊んでいた私は、生長の家の神様が住吉大神としても現れていることを知って不思議な縁を感じ、青年会(*5)に入って熱心に信仰するようになりました。

 その後も一時、精神が不安定になったことがあったものの、神想観(*6)を実修して神の子としての完全円満な姿を祈り、明るく肯定的なコトバを使い、周囲の人たちを祝福することで乗り越えることができました。

「あの時、練成会に参加し、生長の家の教えで救われたのは、まさに神様のお導きだった」と感謝しながら、今は、生長の家相愛会(*7)香川教区連合会長として、多くの人に教えを伝える使命に邁進しています。

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清水逸男(しみず・いつお)

生長の家地方講師。昭和39年、香川県生まれ。生長の家相愛会香川教区連合会長。平成5年から生長の家地方講師。香川県三豊市在住。趣味は自然観察、トレッキング、映画鑑賞。


*1=生長の家の教えを居住地で伝えるボランティアの講師
*2=合宿形式で生長の家の教えを学び、実践する集い
*3=ただ神のみ、実相のみ実在であって、一切の現象は現れであって実在ではないということ
*4=現象はただ心の現われである
*5=12歳以上40歳未満の生長の家の青年男女の組織
*6=生長の家独得の座禅的瞑想法
*7=生長の家の男性の組織