常松秀清(つねまつ・ひできよ)さん│76歳│島根県出雲市 防音装置が施された自宅の音楽室で、愛用するコルネットを吹く常松さん。柔らかい音色が耳に心地よく響く  取材/佐柄全一 写真/堀 隆弘

常松秀清(つねまつ・ひできよ)さん│76歳│島根県出雲市
防音装置が施された自宅の音楽室で、愛用するコルネットを吹く常松さん。柔らかい音色が耳に心地よく響く 
取材/佐柄全一 写真/堀 隆弘

 築400年という広壮な常松秀清さん宅の音楽室に入ると、グランドピアノ、電子オルガン、アコーディオン、コルネット(*1)、楽譜などが所狭しと置かれていた。いつもこの部屋で楽器を演奏したり、作曲したりしているという常松さんは、早速、コルネットを手にし、AKB48の『365日の紙飛行機』を演奏してくれた。

 コルネットの優しい音色が、軽快なメロディーとマッチし、聴く者の心を明るく包んでくれる。

「以前はトランペットだったんですが、今は、息継ぎが楽で音も柔らかいコルネットを吹いています。これに限らず、ピアノなどの楽器を演奏すると、晴れ晴れとした気持ちになって心がすっきりします。ともかく音楽が大好きなんです」

グランドピアノを前に、「この部屋で楽器を演奏したり、作曲したりすると一番寛ぎます」と語る

グランドピアノを前に、「この部屋で楽器を演奏したり、作曲したりすると一番寛ぎます」と語る

 常松さんは、平成17年に60歳で定年退職するまで、高校の音楽教師を務めていた。退職後は、出雲市の女声合唱団や子ども金管バンドを指導している他、時折、介護施設を訪問してアコーディオンの演奏を披露するなど、幅広い音楽活動を行っている。

「指導する時の基本は、生長の家の教えの通り、『褒めて伸ばす』ということです。音楽を通して、教えの素晴らしさを実感しています」

 教えに触れたのは、高校の音楽教師になって間もない23歳の頃。音楽を教えるのは好きだったが、教務係などの他の仕事が肌に合わず、胃潰瘍を患った時だった。

 熱心な信徒である父親から、生長の家の話を聞かされて育ったものの、教えに振り向かずにいた常松さんだったが、この時ばかりは病気を治したい一心で、父親に勧められるまま島根県教化部(*2)で開かれる練成会(*3)に参加した。

「講話を聴くうちに、私には感謝が足りなかったことに気づきました。音楽を教える以外のことは雑務に思えて、なんでこんなことをしなければならないのかと不平不満に思っていたんですね。そのことを深く反省し、感謝の思いを持って、学校の仕事をするように努めました。しばらくして病院で検査すると、医者も驚くほどきれいに胃潰瘍が消えていたんです」

妻の京子さんに見送られて外出する。自宅は築400年という由緒ある屋敷だ

妻の京子さんに見送られて外出する。自宅は築400年という由緒ある屋敷だ

 それからは信仰に励み、学校においても「生徒に内在する神性を礼拝して、長所を認め、褒めて伸ばす」生長の家の教育法を実践し、定年まで勤め上げた。

 67歳の時には、くも膜下出血となり手術を受けたが、幸い何の後遺症もなく回復し、今も健康な毎日を送っている。

「神様に守られていたとしか思えません。音楽は私の喜びであり、音楽を教えることは、その喜びを人と共有することです。神様に救われたいのちを生かすためにも、多くの人に音楽の楽しさを伝え、“喜びの輪”を広げていきたいですね」

 傍らにいる妻、京子さんを見やる常松さんの顔は、コルネットの音色のように、温かく穏やかだった。


*1=金管楽器の一種
*2=生長の家の布教・伝道の拠点
*3=合宿形式で生長の家の教えを学び、実践するつどい