高田宏臣(たかだ・ひろおみ)さん (高田造園設計事務所代表・NPO法人地球守代表理事) 「日本人は自然を育みながら生きてきて、現在もその文化がかろうじて残っています。だから、今、世界が抱えている問題を日本人の知恵で解決できるんじゃないかと思っています」と語る高田さん(千葉市の高田造園設計事務所で) 聞き手/遠藤勝彦(本誌) 写真/堀 隆弘    高田宏臣さんのプロフィール 1969年千葉県生まれ。東京農工大学農学部林学科卒業。97年に独立。2003~05年、日本庭園研究会幹事。07年、(株)高田造園設計事務所設立。16~19年、NPO法人ダーチャサポート理事、16年からNPO法人地球守代表理事。国内外で造園・土木設計施工、環境再生に従事。土中環境の健全化、水と空気の健全な循環の視点から、住宅地、里山、奥山、保安林などの環境改善と再生の手法を提案、指導し、大地の通気浸透性に配慮した伝統的な暮らしの知恵や土木造作の意義を広めている。著書に『これからの雑木の庭』(主婦の友社)、『土中環境 忘れられた共生のまなざし、蘇る古の技』(建築資料研究社)などがある。

高田宏臣(たかだ・ひろおみ)さん
(高田造園設計事務所代表・NPO法人地球守代表理事)
「日本人は自然を育みながら生きてきて、現在もその文化がかろうじて残っています。だから、今、世界が抱えている問題を日本人の知恵で解決できるんじゃないかと思っています」と語る高田さん(千葉市の高田造園設計事務所で)
聞き手/遠藤勝彦(本誌) 写真/堀 隆弘
  
高田宏臣さんのプロフィール
1969年千葉県生まれ。東京農工大学農学部林学科卒業。97年に独立。2003~05年、日本庭園研究会幹事。07年、(株)高田造園設計事務所設立。16~19年、NPO法人ダーチャサポート理事、16年からNPO法人地球守代表理事。国内外で造園・土木設計施工、環境再生に従事。土中環境の健全化、水と空気の健全な循環の視点から、住宅地、里山、奥山、保安林などの環境改善と再生の手法を提案、指導し、大地の通気浸透性に配慮した伝統的な暮らしの知恵や土木造作の意義を広めている。著書に『これからの雑木の庭』(主婦の友社)、『土中環境 忘れられた共生のまなざし、蘇る古の技』(建築資料研究社)などがある。

擁壁工事を通して気づいた土中環境の重要性

──ご著書『土中環境 忘れられた共生のまなざし、蘇る古の技』(建築資料研究社)のタイトルにもなっている「土中環境」ということの意味について、教えていただけますか。

高田 土壌環境という言葉は聞いたことがあるかもしれませんが、土中環境という言葉は耳慣れない言葉かもしれません。でも、土中環境の重要性を知っていただきたくて、一般的ではないこの言葉を敢えて本のタイトルにしました。

 私は大学の農学部林学科で森林分野について学び、卒業後は造園や土木の仕事を通して専門性を磨いて、日常的に土や木と関わるようになったんですが、この土中環境ということに目を向けるようになったのは、30代の頃に、裏山を背負ったある現場で住宅開発の工事をしたのがきっかけでした。

高田さんは、日本各地に出向いて土中環境の調査を行っている(写真提供:高田宏臣さん)

高田さんは、日本各地に出向いて土中環境の調査を行っている(写真提供:高田宏臣さん)

 この工事では、宅地造成許可基準をクリアするため、やむを得ず、それまで自然環境として安定していた急傾斜の崖を削ってコンクリートを練り積み、擁壁(ようへき)を築きました。無事に開発行為許可も通り、建築・造園工事を終えたんですが、その後、工事をした裏山がみるみる荒れていくのを目の当たりにしたんです。

 工事前にはほとんどなかったクズなどのツル性の植物や、荒れ地に生えるイネ科やバラ科の雑草ばかりが繁茂してヤブ状態になり、植生が荒れて地表が乾燥し、以前のしっとりした山肌の心地よさは見る影もなくなってしまったんですね。

 今思えばその原因は、土木建設工事によって裏山の水脈が遮断され、それに伴って土中の水と空気の流れが停滞したことで、土の中の環境──これを土中環境と呼ぶんですが──が変化したからなんです。でも、当時はまだ、そこまで思い至りませんでした。

──土中環境ということを意識されるようになったのは、どういったことからだったんですか。

高田 工事を終えて2年ほど経ったある日のことでした。突然、擁壁の上にあったケヤキが根こそぎ倒れたという連絡が入ったんです。 

 そのケヤキは、樹齢約100年という大木で、長年の環境の変化に対応してきたのになぜ倒れたんだろうかと思い、現場に出向いて根の状態を調べると、大木なのに、地下1.5メートル程度より下の根は、乾いて朽ちていたんです。

 つまり、ケヤキの根が張り付いていた岩盤が、工事の影響で水脈が遮断されて乾き、岩盤の亀裂に伸びていた無数の細かな根も枯れてしまい、急激な変化に対応できなくなって倒れてしまったわけなんです。

 この事態に直面してはじめて、住宅開発のために崖を削ってコンクリートを練り積み、擁壁を築いたりしたことが、いかに周辺の環境を傷めてしまっていたかに気づきました。と同時に、「環境は土中で繋がっている」という土中環境の重要性を教えられたんです。

先人の土木造作に現代人が見落としたものがある

──土中環境が重要だと気づかれて、環境への見方がどのように変わっていったんですか。

高田 その後、全国の土砂災害の跡地や水害が発生した流域環境、荒廃した森林環境などを視察して回りました。そうしたなかで、道路、ダム、トンネルといった現代の土木建設による構造物が土中環境を変えたり、広範囲にわたって壊してしまっていると実感するようになりました。

 その体験を通して、その土地に暮らす人々にとって安全で豊かな環境を保つには、「見えない土中環境を健康にしなければならない」と思うようになり、それまでやってきた造園や土木実務の中で行ってきた技術、知識などを徹底的に根本から見直していったんです。

──そこから得られたものとは、なんだったんでしょうか。

高田 まず気づいたのは、先人がこつこつと積み上げてきたかつての土木造作の中に、現代においてはほとんど顧みられなくなった大切な智恵が、実にたくさんあるということでした。

 現代の建設土木は、崩れることで地形を変えて安定しようとする自然の働きを許容せず、より大きな力で押さえ込もうとする構造力学的な発想で対処しようとします。その結果、人間の独り相撲のような力比べになってしまい、その挙げ句、自然環境はますます荒廃し、豊かさを失ってしまっているのです。

 ところが、機械力もコンクリートも持たなかった時代には、自然の摂理の中で地形が変化しようとして生じる土圧、水圧を力学的に押さえ込むのではなく、地形自らが地形を変えて安定していく働きを許容する土木造作がなされてきたんです。そこに、現代人が見落としてしまった大事な視点があると思うようになりました。

 近代になって、建築も土木技術も、機械力の進歩とあいまって大きく進展したと考えられています。ところが今、道路や擁壁、砂防ダムなど、現代のインフラの多くは、わずか50年というコンクリートの耐用年数に頼る他なく、100年と持続するものではありません。

 そうした今こそ、私たちは環境に手を加える際、これまで見落としてしまっていた視点、つまり、先人が長い年月をかけて築き上げてきた、土中環境を壊さない土木造作の意味を、学び直す必要があると考えるようになったんです。

美しい、心地よいと感じる森とは?

──土中環境の重要性について、もう少し具体的に教えていただけますか。

inoti140_rupo_3高田 土中環境と森の状態の相関性について考えてみると分かりやすいと思います。良い森の条件として挙げられるのは、森が次のような状態にあることです。

①植物が多様なだけでなく、樹木の世代バラエティ(幼木、若木、成木)が多様化して混在する。②樹冠(森の最上部の枝葉層)が高層化して枝葉が上空を塞ぎ、その下の林内での樹種や枝葉配置の階層構造が発達している。③林内空間は密集し過ぎず、木々の枝葉越しに林内を見通せる、見通しの良い空間が保たれている。④日照は緩和され、なおかつ適度な光が点々と細かく林床(森林の地表部分)まで差し込む。⑤風が滞りなく穏やかに流れ、夏は涼しく冬は暖かく、湿度も適度に保たれている。

 こうした、草木や菌類を含む微生物とさまざまな動物が共生し、土中環境が健全に機能している森を見ると、人は「美しい」「心地よい」と感じるんですが、それはきっと、人間が持つ生き物の一員としての本能なのではないかと思います。

 しかし、その一方で昨今は、誰も心地よいと思わない、ヤブ(藪)化した森も増えてきています。

──どんな理由でヤブ化してしまうんでしょうか。

高田 健康な森林が荒廃してヤブになる理由を土中環境から観察すると、私たちが目にしている森林の状態は、実は植物根の状態、土中の通気性、浸透性の反映であることが見えてきます。荒廃してヤブ化した環境における土中では、地表の浅い位置で草木の根が競合し、その中で深い根を必要とする樹木などが淘汰されて植物種が減少し、大地が呼吸不全に陥ったようになっているんです。

inoti140_rupo_4 こうした状態だと、地表の浅い位置にのみ根が集中し、マット状に根が絡んで層を造るため、雨水はその層を伝うように流れて、その下では水も空気も押し出すことができずに、滞水してしまいます。それが地中で上下するはずの水と空気の流れを妨げ、土中の生き物たちの呼吸を阻害し、土壌の構造を壊して深層の土層を硬化させてしまう。根は呼吸しているので、水と空気が円滑に供給されずに、温度や湿度変化が激しくなると生きていけなくなるのです。

 こうした土中環境になって土中滞水が生じると、乾燥と過湿とを繰り返す植物根、菌類微生物にとっては過酷な環境になってしまうんです。そして、植物根同士の共生関係が崩れて水や養分の奪い合いが始まり、植物種が減少すると同時に、地上部分でも植物がぶつかり、スペースを分け合うことなくつぶし合うという不毛な競合が生まれるんです。

 それが、ヤブ化=森林の荒廃ということで、見えにくい土中環境に目を向けることの大切さを教えてくれるいい例だと思います。

──日本で広く見られるマツ枯れやナラ枯れの原因も、やはり土中環境の悪化にあるということですか。

高田 そうですね。単に害虫を駆除すれば済むような話ではありません。問題は、土中環境が劣化したことで森が健康を失い、虫に対して抵抗できない状態になっているということなんです。現にマツの若木やその実生も生長しておらず、森の後継となる若木が育っていないんです。

健康な森の土中の階層構造がいのちの営みを支えている

──前掲のご著書では、健康な森林の土中の階層構造について5層に分けて説明しておられます。これについて教えていただけますか。

inoti140_rupo_7高田 この5層というのは、森林土壌学的な分類の中での区分けです。図を見てください。

 まずO層は、落ち葉や小枝などが積もった層で、この層が布団のように表層の土壌環境を乾湿の変化や雨撃から守る働きを担います。 

 次にA層は、分解途中の落ち葉と菌糸と植物根とが混ざった腐植層と、腐植が分解されて団粒構造が進んだ黒く柔らかな土の層を含んだもので、土中における生命活動がもっとも豊かに展開し、樹木の細根も多く張り巡らされます。

 続いてB層は、腐植は少ないながらも、有機物の土壌化作用の影響を受けて褐色を帯び、土壌粒子が比較的詰まった塊状態の連続、集合体となります。団粒構造の発達は、土塊の亀裂などの水と空気が通る通気浸透水脈のラインとその周辺を中心に見られ、根もそのラインを伝って伸びていきます。

──残りの2つの層については、いかがでしょうか。

高田 次のC層は、土の母材となる母岩に樹木根が達して、土が形成される途中の層のことです。根の進入とそれに伴う菌糸の働きによって、母岩が溶けて土が生成されていきます。

 最後のR層は、深部にあって生物的な土壌化作用はほとんど受けていないものの、地殻変動や断層の動きに伴う隆起や、褶曲(しゅうきょく)によって岩盤に亀裂や隙間が生じ、それが地下数千メートル、延べ数千キロメートにも及ぶ層です。地下深く水と空気の流れをつくるもので、風穴や氷穴などを想像していただくと分かりやすいと思います。

 一般的に土と言うと、O層やA層など表面的な部分しか見ないことが多いんですが、実はこうしたR層における深部での活発な空気の動きが、C層から上のいのちの営みを支えているんですね。

土中のいのちの循環に大きな役割を果たす菌糸群

──A層の説明の中に菌糸の話が出てきましたが、この菌糸は土中環境においてどんな働きをしているんでしょうか。

高田 粘菌などのさまざまな菌を総称して菌糸といい、土の中のバイオマス量(生物体の重量)を考えると、おそらく菌糸がもっとも多く、90パーセントを超えていると思います。

昔懐かしい日本の風情が感じられる高田造園設計事務所の庭で

昔懐かしい日本の風情が感じられる高田造園設計事務所の庭で

 この菌糸は、先ほども話に出てきました団粒構造を持つ土壌の隙間を保つための糊のような働きをしていて、健康な土中に網の目のように張り巡らされています。落ち葉などあらゆる有機物が分解する過程で生じる菌糸は、多種の菌類やバクテリアによる代謝の連鎖によって、有機物を土に還していきます。

 そして、有機物が土に還る過程での養分の吸収、分解を通して菌類などの微生物から新しいいのちが生まれ、そして多様な生死の循環が連鎖していくんです。

 多彩な菌類やバクテリアは集合体として菌糸でつながり、それが一つの生命体のようにふるまうために、それを菌糸群といいます。その菌糸群は、土塊の隙間や亀裂に白く膜を張り、粘性をもって土壌団粒を捉えて土中の隙間を保ち、土中の空間に毛細血管のように糸状に増殖するんです。

──この菌糸群が、土中で大きな働きをするということですか。

高田 ええ。土中のいのちの循環において、決定的に大切な役割を担っているのがこの菌糸群で、土壌中の生物循環の養分、水、情報の伝達といった、大地全体の生命維持に欠かせない働きをします。

「いのちの営みを本質的に理解するためには、自然の摂理、自然が行う秩序を体で感じることが大切なんです」(写真提供:高田宏臣さん)

「いのちの営みを本質的に理解するためには、自然の摂理、自然が行う秩序を体で感じることが大切なんです」(写真提供:高田宏臣さん)

 こうした菌糸群によって保たれる土壌粒子間の隙間により、土中の生物活動の限りない連鎖、循環が育まれ、多種共存の平衡状態が保たれます。そして菌糸群は、健康な植物の根の先端部分に着生(感染)し、菌根菌となります。この菌根菌の仲立ちによって、木々は、土中から水分の他にも生存に必要なさまざまな微量元素や養分を取り込んでいくんです。

 また、同時に木々は、菌根菌から一方的に水や養分を得るだけではなく、光合成生産物の余剰分や不要となった老廃物を根から放出し、それがまた菌根菌を育てるという、樹木と菌糸との共存関係を形成します。

 この菌根菌は、人体において腸内環境を整えてくれる腸内フローラのようなものです。私たちは腸内に棲み着く膨大な数のバクテリアの働きによる代謝生成物という形で、水や養分を腸内から吸収しています。

 樹木と菌根菌との関係は、まさに人体と腸内フローラとの関係と同じで、人も木々も、多彩な菌類やバクテリアとの連携の中で生かされているということなんです。

土中の菌糸ネットワークが情報や物質を伝達している

──いのちの循環において菌糸群が重要な役割を持っていることがよく分かりました。前掲のご著書には、「いのちのリレーを担っている菌糸ネットワーク」という項目があります。これについて教えていただけますか。

高田 保水力の高い腐植や団粒構造の土壌層を形成するのに不可欠な土中の菌糸は、落ち葉層を捉えて、あたかも土中でネットワークを形成するかのように草木の根をつないでいきます。この菌糸のネットワークが土壌の団粒構造を保ち、大地の血管とも言うべき通気浸透水脈を保っているんですが、それだけでなく、この菌糸ネットワークを介して、木々はまるで会話しているかのように、お互いに情報や物質の交換をしているということが、カナダのブリティッシュコロンビア大学教授で、生態学者のスザンヌ・シマード博士による実験で確かめられました。

inoti140_rupo_8 シマード博士の実験は、マザーツリーと呼ばれる、森の中でもひと際立派な巨木に放射性同位体(14Cまたは炭素14)を吸収させ、それが他の木々にどのように分配されているのかをたどって調べる形で行われました。その結果、マザーツリーは、森の中のかなり遠方の木々にまで、炭素分を始めとする養分を分け与えていることが分かりました。

 つまり、森の中の長老格であるマザーツリーが、他の木々や森の状態を把握し、森全体を育てていること、情報や物質を伝達しているのは、土中の菌糸ネットワークだということが明らかになったんです。さらに驚くべきことに、マザーツリーは、森の中で発芽した自分の子どもを識別して、そこに優先的に養分を送っていることも確かめられました。

──すごい発見ですね。

高田 土中の菌糸は、単に生きている木々の養分や情報の交換を担っているだけでなく、動植物の遺骸を分解して土へ還し、そのいのちを他の生きるべき木々に移行する、いわば“いのちをリレーする”役割をも担っています。その土地において生きることを許された木々は、その細根先端部分に付着した菌糸=菌根菌を介して、森の情報や必要な水、養分を得ているんです。

 菌根菌は、樹木根から排出される光合成生成物を受け取り、互いに持ちつ持たれつの関係を保つので、菌糸と共生することではじめて木々も健康に生きられるわけです。しかも何を生かし、何を大地に戻すかは、菌糸のネットワークの中で選択されているんです。

 菌糸は、健康な木々を生かすべく、木々と共生関係をつくる一方で、朽ちるべきいのちを土に還していく働きも担っていて、それまで木々と共生してきた菌根菌は、その木が土に還るべきときがくると、樹木内に入り込んで分解していきます。  

事務所のデスクで資料に目を通す

事務所のデスクで資料に目を通す

 その分解の過程で、動植物の遺骸は他のいのちを育む養分として、菌糸ネットワークを通し、生きるべきいのちへと受け渡されていく。それが「いのちのリレー」であり、森の中の“生と死の循環”ということなんですね。

自然を力で押さえ込むそのやり方を検証し直すべき時

──近年、毎年のように大規模な土石流が起き、大きな被害が発生しています。この土石流を防ぐための考えをお聞かせください。

高田 土石流に対する現代の予防策としては、砂防ダム、そして上部の山林域に治山ダムといった堰堤(えんてい)を造るのが一般的です。いずれも、沢筋にコンクリートで堰(せき)を築き、そこに流れてきた土砂が堰き止められて溜まることで、沢筋に段々状に平坦な部分がつくられていきます。そこで土石流の勢いが弱まり、堆積して下流域への流亡や破壊のエネルギーを減じるというのが、そうした堰堤の考え方の基本になっています。

 このような砂防を目的とする構造物は、谷筋を流れ下る土砂を堰き止めるという点で効果があるのは事実です。しかし、これらの構造物には、土地が自律的に安定し、そもそも土砂流亡を起こさない健康な環境を保つという視点はないんです。

 砂防ダムや治山ダムは、山地の地下水脈と連動する谷筋に土砂を堆積して水脈の湧き出しを堰き止めてしまうため、流域における土中の滞水が広範囲に及ぶことになって、それがやがて大きな崩壊を引き起こすリスクになるわけです。ですから、山地における本質的な減災、防災のためには、流域環境が地下水脈と連動して変化していくことに注意を向ける必要があると思います。

 気候変動が深刻化し、山の環境が加速度的に傷み続けている今、従来のような自然を力で押さえ込もうとするやり方でいいのか、検証し直すべき時がきていると痛感します。

環境やいのちを傷つければ自分自身も傷つけることに

──最後に、読者へのメッセージをお願いいたします。

高田 「依正不二(えしょうふに)」という言葉があります。これは、山川草木(さんせんそうもく)すべての環境と私たち人間とは「一体不二」の関係にあることを意味する仏教の言葉で、変わることのない自然の摂理を伝えています。「依正」とは、「依報(えほう)」と「正報(しょうほう)」のことで、依報は私たちを取り囲むすべての国土、環境のことであり、正報とは衆生(しゅじょう)、すなわち私たち自身のことです。

 つまりこの言葉は、環境あるいは他のいのちを傷つければ、それはそのまま自分自身を傷つけることになる。多くのいのちが共存できない環境になってしまったら人間も生きられない。人間は自然の一部である──そんな厳然たる事実を現代の私たちに呼びかけています。何事においても、この「依正不二」「一体不二」という言葉を忘れないでいただければと思います(2021年8月4日、インターネット通信により取材)