和氣雅子(わけ・まさこ)さん (42歳) 岡山市南区 取材/水上有二(本誌) 撮影/遠藤昭彦

和氣雅子(わけ・まさこ)さん (42歳) 岡山市南区
取材/水上有二(本誌) 撮影/遠藤昭彦

 生長の家岡山県教化部(*1)の職員となって5年目の和氣雅子さんは、2年前の4月から、白鳩会(*2)事務局長を務めている。練成会(*3)や見真会(*4)などの行事チラシをパソコンで作るのが得意と話し、自作のチラシを見せてくれた。イラストや写真をちりばめ、書体に工夫をこらしたデザインから、大勢の人に集まってほしいという、和氣さんの熱意が伝わってくる。

「新しい物好きで、子どもの頃も、親から『これをやってみない?』と勧められたことに、すぐに興味を持ってやり始めるような子でした。好奇心旺盛で物怖じしない性格が、今も役立っていると思います」

 今年(2019)6月に開かれた岡山教区の「自然の恵みフェスタ」(*5)では、国産トウモロコシを使ったポップコーン作りを中高生と一緒に取り組んだ。また、その翌月に開かれた家族練成会では、親子で曲に合わせてボディパーカッション(体を打楽器に見立てて演奏すること)を行うレクリエーションの指導を担当した。人をまとめてゲームをしたり、子どもとの接し方がうまかったりするのは、かつて保育士として働いた経験があるからだ。

 和氣さんは「人生に無駄なことはないですね」と朗らかに語る。

神に心を合わせた時、道は開ける

 広島県福山市出身の和氣さんは、短大を卒業後、地元の私立保育園で保育士として働き始めた。だが、園児が怪我をしたなどの理由で園長から叱責を受けるようになり、保育士には向いていないとさえ言われ、何をするにも失敗を恐れて萎縮するようになった。

「悩みを聞いてもらえる人がいなくて苦しかったですね。でも、いつか状況が変わるという思いがあったのは、『神様は善のみの世界を創られた』という生長の家の信仰があったからです」

 和氣さんは、幼い頃から母親に連れられて生命学園(*6)に通い、青少年練成会にも毎回のように参加していた。学校の友人にも、気軽に声を掛けて練成会に誘うほど生長の家が好きだった。そうして10代を明るく過ごしたが、保育士になって初めて挫折感を味わった。

様々な野菜が植えられている自宅の畑で、お子さんと収穫

様々な野菜が植えられている自宅の畑で、お子さんと収穫

「保育園を辞めたいと思いましたが、生長の家で『環境は自分の心の影だから、困難から逃げても、心が変わらなければまた同じ境遇が現れる』と教わっていたので、葛藤がありました。信徒宅で開かれる早朝神想観(*7)に何カ月も通い、園長と調和できるようになることと、自分にふさわしい仕事が与えられることを神様に祈りました」

 結局、4年間勤めた保育園を辞め、別の保育園で臨時職員をした後、母子生活支援施設(母子寮)に採用された。そこでは「自分にふさわしい仕事」だと、生きがいを感じながら働くことができた。その経験を通して、「現象の姿に振り回されず、神様の善なる世界を信じていけば、必ず良い方に道は開ける」という信念が生まれた。そして「神様に祈る」ことが、その後の人生では欠かせないものとなった。

自己限定を取り払い、まずはやってみる

 平成16年、和氣さんは青年会(*8)活動を通じて知り会った浩文さん(56歳)と結婚した。浩文さんは、広島市内の繁華街で若い女性向けの衣料・雑貨店を営んでいたが、2店舗に展開した2年後から、徐々に経営が悪化した。

「それでも『神様にお任せすれば、仕事も生活も一番良い方向にいく』と主人とも話しました。私なりに何とかしたくて、パートに出ようと考えていたら、広島県教化部からお誘いがあって、勤めることになったんです」

 その後、平成22年に店を閉めた浩文さんも、広島県教化部で働き始めた。だが、岡山県で暮らす両親のことを常に気に掛け、実家に戻りたいと話していた。そんな中、23年に義父が交通事故で亡くなり、義母が一人残されたため、26年に一家で浩文さんの実家に移ることになった。

「私にとっては、挑戦と言える出来事でした。夫婦ともに仕事の当てもなく、私は義母と同居する不安もありましたが、神様から心が離れているから不安になるのだと気持ちを切り替え、問題を神様に全托して、必ず良くなることを祈りました」

 やがて、和氣さんの心の中に、「神様の世界は善一元だから、私には良いことしか起きない。来るものは拒まず、受け入れることから始めればいいんだ」という思いが湧き起こった。

 すると、岡山に移って半年後、岡山県教化部から誘いがあって働き始め、浩文さんも一番良い職場に導かれた。平成27年には三女を授かったが、運良く教化部の隣にある保育園に入園できて、和氣さんが祈った通りに良い方へと道が開けていった。

 そんな和氣さんの職場のデスクマットには、夫や子どものスナップ写真や、親子で生長の家総本山(*9)を訪れた時の様子を描いたスケッチが挟んであり、家族を思いやる母親としての優しさが伝わってくる。

お子さんたちと。「親の姿を見て、我が子も教えを支えに生きてほしいです」

お子さんたちと。「親の姿を見て、我が子も教えを支えに生きてほしいです」

 同居する79歳の義母は介護が必要で、仕事のある日は毎朝デイサービスに預けているという。仕事に育児、介護と忙しいが、子どもたちの通う学校のPTAの役が回ってきた時には、「子どもたちのためにも、お役に立つことはさせていただこう」との思いで引き受けるようにしている。

 教化部は土日に仕事があるため、日中、家族が一緒に過ごす時間は限られるが、3人の子どもたちの誕生日には、自筆の絵が入ったバースデイカードに感謝の思いを綴って渡したり、運動会などで弁当が必要な時は、中身をアニメなどのキャラクターに模した「キャラ弁」を作ってあげたりしている。

「以前は自分には創造力がないと思っていたんですが、広島での青年会活動で絵手紙を描いたことがきっかけで、絵を描く楽しさに目覚めました。キャラ弁も、自信がありませんでしたけど、一度作ったらとても喜んでくれて、今ではキャラ弁作りが習慣になりました。どんなことも自己限定せず、まずはやってみることが大切ですね」

一つの行いが新たな意欲を生んで

ピアノの練習の様子を見つめる和氣さん。「子どもたちの夢を、親として一所懸命、応援していきたいです」

ピアノの練習の様子を見つめる和氣さん。「子どもたちの夢を、親として一所懸命、応援していきたいです」

 昨年(2018)7月、西日本豪雨が発生し、岡山県内も河川の氾濫や堤防の決壊による浸水、土砂災害が相次いだ。中でも倉敷市真備町では、大規模な水害に見舞われ、多数の犠牲者が出た。そんな中、生長の家岡山教区の信徒が被災地域の支援活動に駆けつけ、和氣さんも真備町に何度も足を運んで、ゴミ出しなどのボランティアに励んだ。

「現地は家屋の壁がはがれ落ち、埃もすごくて悲惨な状況でした。夏の暑い時期で大変でしたけど、被災者の方々に喜んで頂けたのが自分にとっても励みになりました。子どもにもこの経験から何かを学び取ってもらえるのではないかと思い、中学生と小学生の娘にもボランティアに参加してもらいました」

 中学2年の長女は、以前、生長の家青年会全国大会に参加した時、ゴミ拾いのボランティアをする青年信徒の映像を見て感動し、「岡山ではやってないの?」と、和氣さんに尋ねたことがあった。和氣さんは、「誰かがやるのを待つのではなく、自分からやるのが大事なんだよ」と答えたという。その言葉が胸に響いたのか、長女は今年4月から中高生誌友会を開きはじめ、夏休みには、妹の通う保育園で、花の水遣りや着替えなどを手伝うボランティアをするなど、進んで人の役に立つ行いをしている。

 長女と、小学6年の次女はピアノ演奏が好きで、毎年の発表会に向けて練習を続けている。4歳の三女も、今春からピアノ教室に通い始めた。姉に見守られながら楽しそうに練習する三女を、和氣さんは頼もしそうに見つめる。

「『強く心に思えば、何でもできるし何にでもなれるんだよ』と、夢を持つことや言葉の力を子どもたちに伝えています。私自身もそれを実践し、『日時計日記』(*11)に家族を祝福する言葉を書いています。書くことが思い付かない時でも、『嬉しい楽しい有難い』の一行だけでも記しているんです」

 環境の変化を明るく乗り越えてきた母親の姿から、娘たちは、前向きに生きる心をしっかり受け継いでいる。

*1 生長の家の布教・伝道の拠点
*2 生長の家の女性の組織
*3 合宿形式で教えを学び、実践するつどい
*4 教えを学ぶつどい
*5 自然と調和したライフスタイルの具体例を地域の参加者と共有し、体験・体感する行事
*6 幼児や小学児童を対象にした生長の家の学びの場
*7 生長の家独得の座禅的瞑想法
*8 12歳以上40歳未満の生長の家の青年男女の組織
*9 長崎県西海市にある生長の家の施設。龍宮住吉本宮や練成道場などがある
*10 教えを学ぶつどい
*11 日々の生活の明るい面を記す日記。生長の家白鳩会総裁・谷口純子監修、生長の家刊