海野とし子(うんの・としこ)さん(72歳)山形県 取材/原口真吾(本誌) 撮影/堀 隆弘

海野とし子(うんの・としこ)さん(72歳)山形県
取材/原口真吾(本誌) 撮影/堀 隆弘

冬の日の発酵食品づくり

「飲む点滴」と言われるほど栄養価が高く、アミノ酸やビタミンB群、ミネラルなどが豊富な甘酒。ナットウキナーゼという酵素で有名になり、たっぷり含まれる食物繊維が腸内環境を整えてくれる納豆。がんのリスクを下げ、美肌にも有効な味噌……。毎日の食卓に発酵食品を取り入れる「菌活(きんかつ)」という言葉が聞かれるほど、近年、発酵食品のもつ美容・健康効果に注目が集まっている。

 山形県の山間にある朝日町で暮らす海野とし子さんも、そんな菌活をしている一人。といっても、何十年も前から甘酒や味噌、納豆などの発酵食品を手づくりしている大ベテランである。海野さんに発酵のコツを尋ねると、「それは心配りです」と言う。

「いのちが相手ですからね。愛情をもって接すれば、必ず応えてくれます。自然でも人でも何だってそうですよ」

自家製のわら納豆(写真下)で作った納豆汁。ペースト状にした納豆を混ぜるのが山形流。具はセリ、キクイモ、塩抜きした塩蔵ワラビ、油揚げと、具だくさん

自家製のわら納豆(写真下)で作った納豆汁。ペースト状にした納豆を混ぜるのが山形流。具はセリ、キクイモ、塩抜きした塩蔵ワラビ、油揚げと、具だくさん

 普段から自家製の発酵食品を摂っているせいか、朗らかに笑う海野さんの肌はつやつやしている。

 海野さんの家は専業農家で、長女はすでに嫁いだが、夫の久(ひさし)さんに、次女、長男も含め、家族4人で主にリンゴの果樹園を営んでいる。春から夏にかけては、果樹に加え、野菜を育てている畑や田んぼの管理で大忙しになるものの、雪が大人の背丈ほど積もる冬の時期は農作業がほとんどできなくなるため、海野さんはじっくり発酵食品と向き合う。米麹の原料となる餅米や、味噌の大豆、納豆を包む稲わらまでも自家製で、購入するのは塩くらいという。

 取材に訪れた日、砂糖を一切加えず米の甘味が優しい甘酒と、自家製わら納豆を使った味噌仕立ての納豆汁をご馳走になった。山形県の郷土料理である納豆汁は、正月に七草粥の代わりに食べる風習があるという。口に含むと大豆の甘さがいっぱいに広がり、後に納豆と味噌の風味がかすかに残った。

「塩味が柔らかいでしょ?」と、海野さんが台所の戸棚から瓶を取り出した。中には長く熟成し、黒っぽくなった味噌が入っていて、聞くと5年ものだという。味噌は仕込んでから半年ほどで食べることができるが、その頃はまだ塩味に角があり、大豆特有の青臭さもあるため、3年から5年経ったものがお勧め、と海野さんは話す。

神の子のいのちを生きる

 海野さんは、母親を通して生長の家の教えに触れた。「すべての生命は神のいのちの現れである」と学び、周りの人に対してだけでなく、果樹や野菜などの植物、発酵の菌類にも、海野さんの温かな眼差しが注がれている。

siro123_rupo_3 しかし教えに触れた頃は、「人間は神の子で、本当の姿は完全円満」と教えられても、自分自身に対してはそう思えなかったという。

「子どものときは、『私は神の子、光の子、なんでもできます、 強い子、良い子』と唱えても、こんな欠点だらけの自分が神の子であるわけがないと、心の底では反発していました」

 その思いは、昭和49年に、26歳で結婚してからも変わらなかった。だが、その後、3人の子どもに恵まれ、子育てをするなかで思い出されたのが、海野さんを叱ってばかりいた母親の姿だった。生長の家の教えを学んでいるのにどうしてだろうと、子ども心に思っていたのだ。

「母も、子どものことをどうにかして良くしたいけど、自分の力では思うようにいかなくて、いつも怒っていたんだと気づいたんです。そんな母の気持ちが分かり、許せるようになると、自分の至らなさも許すことができるようになりました。たとえ、目に見える姿は不完全でも、現象は神の子の完全さが現れる過程だから、私も本当は神の子なんだと、素直に思えるようになったんです」

自然への謙虚さと感謝

 生長の家では、「自然も人間も神のいのちにおいて一体である」と自覚して、地球温暖化の一因である二酸化炭素の排出を抑えた、自然環境に負荷をかけない低炭素のライフスタイルに転換することを勧めている。長年にわたり果樹栽培に携わってきた海野さんは、10年以上も前から気候が変動していることを肌で感じていた。

 

果樹園で収穫したリンゴを手に

果樹園で収穫したリンゴを手に

たとえば、リンゴの色は収穫期の気温に左右され、高温にさらされると鮮やかな濃い赤色にならないが、10年ほど前から海野さんの果樹園でもリンゴが鮮やかに色づかないことが起こっている。だが今は、品種改良によって高温でも色づきやすくしたリンゴを栽培しているという。

 しかし、自然の大きな力の前では人間は無力であることを、海野さんは長年の経験から実感している。今から3、40年も前のこと。例年より非常に早く初雪が降り、稲刈りを終えて、田んぼで天日干ししていた稲の上に積もった。何もできず手をこまねいているうちに、スズメの大群がやってきて、稲を食べつくしてしまった。せっかく育てたのに、どうしてこんなことをするのかと、海野さんはやるせなさと憤りを感じたという。

「それでも、雪に合わせて生活していかなければなりません。雪の降る前に収穫はすべて済ませるしかありませんし、雪が降ったら、リンゴの木の枝が雪の重みで折れないように雪を下ろします。自然は人間の都合に合わせてくれません。その繰り返しの中で、自然に対する謙虚な気持ちが芽生えてきました」

 雨が長く続けば、病気に弱いネギはすぐにやられてしまう。収穫は当たり前のものではないからこそ、自然の恵みに対して感謝の気持ちが湧くようになった。

「作業に追われて手が回らないときも、野菜はちゃんと生長して実をつけ、私たちを生かしてくれます。野菜やリンゴの“優しさ”を感じて、『ありがとう! よく育ってくれたね』と感謝の思いで接するようになりました。すると、その思いがお客様にも伝わるのか、私たちの育てた野菜やリンゴを買って下さる人が増えていったんです」

 発酵食品を作るときも、海野さんは無心になり、菌類の声なき声に耳を傾ける。米麹を作るとき、発酵の熱で保温容器内の温度が上がり、菌が暑がっていないか、保温が足りず寒がっていないだろうかと、わずかな変化も見逃さないように注意深く見守り、今、必要としていることを感じとる。それが、海野さんの言う「心配り」だという。

 生長の家や地域の集まりがある時は、自家製の甘酒を持参し、皆に喜んでもらえるのが、やりがいに繋がっていると話してくれた。人から自然へ、そして、また人へと、愛をつなぐ海野さんの目には、自然と人間が共に与え合い、支え合う世界が映っているに違いない。

「暮らしの中のふとした瞬間に、『生かされている!』という喜びが湧いてくることがあるんです」

 長い年月を経て、自然に対する無力感は謙虚さになり、感謝へと変わっていった。だからこそ、「愛情をもって接すれば、いのちは必ず応えてくれる」という海野さんの言葉には、確かな重みがあった。