もうすぐ90歳になる母は要介護5で認知症を患っています。ほとんど寝たきりで、もう私の顔もわからない状態です。できるだけ声を掛けるようにしていますが、ほとんど反応がない母の姿にとても悲しくなり、生きながらえることの意味を考えてしまいます。今の生活は母にとって幸せなのでしょうか。(B子・67歳)
お母様のことでおつらい日々をお過ごしと思います。生長の家では、人間は神の子であり、その本質は完全円満であると説いています、さらに、この地上で生きるための“宇宙服”である肉体を使って人生を表現する、と教えています。
その人にしかない表現で人生を築いていき、やがて宇宙服を脱ぎ捨てて死を迎える時が来ます。しかし、肉体は死んでも、神の子の本質である生命は滅びることはなく永遠に生き続け、次生へと生まれ変わります。ですから、今のお姿のみが、お母様の人生のすべてではないのです。
娘であるあなたがそばにいることが、お母様にとって一番の幸せではないでしょうか。親にとって子どもの幸せが喜びですから、娘のあなたが幸せな思いで生活を送ることが大切です。
私の母も認知症が始まっていて、他県の老人ホームに入所しています。面会に行っても私が息子であることが分からず、話がかみ合いません。しかし一時間ほど話すうちに、私が息子であることや孫のことを思い出すのです。今はコロナのため会うことはままならず、神想観(*)の中で母親の元気で幸せな姿を思い描き、生み育ててくれたことへの感謝で心を満たしています。ぜひあなたも、お母様の元気な姿を祈り、感謝で心を満たして下さい。「『生長の家』信徒行持要目」に次の言葉があります。
「八、毎日一回は必ず神想観を実修して、心を光明化すべし。
無神論者も信仰者も、毎日必ず祈っている。なぜなら『祈り』とは『命の宜(の)りごと』だからだ。心の底で、いつも何かを思うこと。その『何か』の通りに人生は進む。悪を思えば暗くなり、善を思えば明るくなる。そして人は、神を想うことで、神の子らしく生きるのである」(『“新しい文明”を築こう 上巻』(生長の家総裁・谷口雅宣監修、生長の家刊)72ページ)
日々心の明るさを失わず、生活されることをお祈りいたします。
* 生長の家独得の座禅的瞑想法
*回答者 辻田昌司
生長の家青森教区教化部長。本部講師。趣味は散策、地元の食文化との出合いを楽しむこと。
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