京都府宇治市の生長の家宇治別格本山(*1)にある宝蔵神社では、練成会(*2)の行事である先祖供養祭などが開催されている。その社務所で働く津曲梓さんは、過去にうつ病を発症し、8年間ほど苦しんだ時期があった。自分に自信が持てずにいた津曲さんだったが、生長の家の「人間は神の子である」という教えに触れ、「コトバの力」について学んだことで、健康を回復することができたと話す。

津曲  梓(つまがり・あずさ)さん 京都府宇治市・36歳・団体職員 取材●長谷部匡彦(本誌)/写真●髙木あゆみ

津曲 梓(つまがり・あずさ)さん
京都府宇治市・36歳・団体職員
取材●長谷部匡彦(本誌)/写真●髙木あゆみ

 生長の家宇治別格本山の社務所を訪れると、法衣(ほうえ)姿の津曲さんが明るい笑顔で出迎えてくれた。津曲さんは、参拝者の応対や祈願の受付など、事務の仕事をしている。

「起床後は鏡の前で『私は神の子、實相(*3)円満完全。ますます良くなる。良くなるしかない』と唱えて、明るい言葉を潜在意識に入れるように心掛けています」

 鹿児島県で生まれ育ち、両親と9歳年上の兄と一緒に暮らしていた津曲さんは、幼い頃から両親や周囲の人の顔色を伺い、自分の感情を押し殺してしまう性格だったという。

 小学1年生のときに父親が単身赴任となり、その後、小学4年生のとき、兄が福岡の大学に進学したため、母親と津曲さんの二人だけの生活が始まった。

「その頃、親族が銀行からお金を借りていて、両親が保証人になっていたのですが、親族の返済が滞り、家にも督促の電話がかかってくるようになったんです。応対した母が暗い表情で呆然としていたので、気を使って声を掛けたのですが、『いいから』と一言だけ冷たく言われたのが、子供心にショックでした。私の居場所が無くなったように感じて、誰に対しても心が開けなくなりました」

 津曲さんは、表面上は問題なく学校へ通い、友達にも囲まれていたが、心のうちには常に寂しさを抱えていた。

自己否定の言葉が生み出す悪循環

 平成14年に高校を卒業後、理学療法士の専門学校に進学したものの、すぐに退学してしまった。

hidokei121_rupo_1「自分に自信がなくて周囲の人と自分を比較してしまい、常に『私はダメな人間だ』と、どんどん気持ちが沈んでいきました。専門学校を退学したことで、『私には生きる価値がないんだ』と、ますます自分を否定するようになってしまったんです」

 専門学校を退学した翌年、心機一転して、絵を描く技術を身につけるために美術系の専門学校に進学した。

「幼い頃から絵を描くことが好きで、絵を描いている時間だけは、私が抱えきれない現実を忘れることが出来たんです。専門学校で絵を描いているときが、一番幸せな時間でしたね」

 平成17年に専門学校を卒業すると、建設関係の会社で営業事務の仕事に就いた。しかし、自信の無さから人前でおどおどしてしまったという津曲さんは、普段の生活の中では当たり前のように出来ることが、会社では戸惑って時間がかかってしまい、徐々に陰口を言われるようになった。それに耐えきれなくなって半年で退職した。

「それからは何をしてもしんどくて、朝起きられなくなってしまったんです。何かおかしいと感じて病院で診察を受けると、軽いうつ状態だと診断されました。医者からそう言われたことで、『やっぱり私はダメな人間なんだ』と、また自己否定を繰り返し、うつ状態が悪化して不眠症にもなってしまいました」

 うつ状態がなかなか改善せず、別の病院の精神科を受診した。話を聞いてもらったことで、一時的に気持ちが楽になったものの、一人になると自己否定の言葉が頭のなかを駆け巡り、うつ状態から抜け出すことができなかった。

良いコトバを唱え始めて

 平成22年に、津曲さんの病状を心配した、生長の家宇治別格本山に勤めている従姉妹から、同本山の練成会に参加することを勧められた。そのころは、生長の家について何も知らず不安もあったが、うつから脱したい一心で参加したいと思った。

宇治別格本山で受付業務をする津曲さん

宇治別格本山で受付業務をする津曲さん

 だが、体調が安定せず入退院を繰り返し、練成会に参加したのは、それから2年後のことだった。鹿児島から宇治まで叔母に連れてきてもらい、短期練成会に参加した。

「ここで駄目だったら、私はもう立ち直ることが出来ないと覚悟して行きました。不安だらけでしたが、行事に参加するうちに、周りの人たちがとても優しくしてくれて、自分が誰かに受け入れてもらえることの幸せを初めて感じ、『ここにいてもいいんだ』という安心感で心が満たされました」

 練成会では、人間は本来素晴らしい「神の子」だということや、本当にあるのは、「神が創られた完全円満な世界」だけであって、目の前に見えている現象的な世界は、心の思いによって仮に現れているものだということを学んだ。また、神想観(*4)を行い、神の子としての素晴らしい自分の姿を思い描くように努めた。

「生長の家では、すべてのものはコトバによって創られると教えられます。コトバというのは心の波動であり、それは『身(しん)・口(く)・意(い)』によって表現されるんです。身というのは、体で表現する表情やしぐさなどで、口というのは、口から出る発声音の言葉、意は心や思念だということを学びました。私の体調が悪化していったのも、常に自己否定の言葉や思いを、繰り返し自分に向けてぶつけていたからだと反省しました」

 津曲さんは、鹿児島に帰ってからも神想観の実修を続けた。5カ月ほど経ったある夜に、ふと思い立って、それまで毎日飲んでいた精神安定剤や、睡眠導入剤を飲まずに布団に入ったが、普通に眠ることができた。そして翌朝も、体調が悪化することがなかった。

「それまで、何度か薬を飲むのを無理にやめようとしたこともあったんですが、すぐに体調が悪くなってしまい、結局、薬を手放すことが出来なかったんです。『私は素晴らしい神の子なんだ』と、神想観で自分を認める良いコトバを唱え続けるうちに、少しずつ自信が持てるようになったからだと思います」

 後日、医師に薬をやめていいかどうかを相談すると、「体調が悪くなった時だけ服薬すればよい」と言われた。以来、薬の服用をやめたが、うつ症状が再発することはなかった。

視界が開ける

 体調が改善に向かったことで、生長の家の教えをもっと知りたいと思い、同じ年の平成24年に開催された宇治別格本山の10日間の一般練成会に参加した。

「講師の方による個人指導で、母に対するわだかまりや、仕事を短期間で辞めていることなど、心に抱えていた暗い思いをすべて打ち明けたんです。講師の先生は、じっくりと話を聞いてくれた上で、『あなたはあなたのままでいいんですよ』と言われました。それまでは、なにか自分の悪いところを反省し、それを変えて、良くならなければいけないと思っていたんですが、『私は私のままでいいんだ』と思えるようになって本当に嬉しかったです」

 また、浄心行(*5)では、恨みや憎しみといったマイナスの感情も、すべて紙に書き出しなさいと教えられた。

「悪い言葉を書き出すことは、いけないことだと思っていたので驚きました。でも、母のことや自分を否定する思いなどをすべて書き出した紙を焼却する様子を見ていたら、母に対するわだかまりは『本来ないものだったんだ』と思えて、胸のつかえが取れたんです。そして『私はダメだ』と思うことをやめる決心をしました」

 その後、先導者に従って他の参加者らとともに、『お父さん、ありがとうございます。お母さん、ありがとうございます』と唱えていると、うつになってからの8年間の出来事が走馬灯のように蘇ってきた。

生長の家宇治別格本山近くの宇治川に掛かる橋にて

生長の家宇治別格本山近くの宇治川に掛かる橋にて

「仕事を辞めたときに、両親から何も咎められなかったことや、うつ病で過呼吸を起こしたときに、母がずっと側についてくれていたことを思い出したんです。両親への感謝の言葉を唱えることで、私は両親の深い愛情にずっと包まれ、守られていたと気づくことができました」

 練成会終了後、津曲さんは、そのまま宇治別格本山に残り、生長の家の教えをさらに深く学ぶ研修生になった。研修中は、早朝5時からの神想観の実修と聖経(*6)読誦に加え、生長の家の教えを学ぶ講義を受け、毎晩、先祖供養を行った。7カ月間の研修生活を終えた津曲さんは、その後、宇治別格本山の職員となった。

 津曲さんは最後に、かつての自分と同じように、自分に自信が持てずに悩んでいる人に向け、こんなアドバイスをくれた。 

「大切なのは、『自分はたった一人しかいない、素晴らしい神の子なんだ』と、自分を認めてあげることだと思います。明るい心で、常に良いコトバを使うことで、目の前の世界が、きっと明るく開けてくるはずです」

*1 京都府宇治市にある生長の家の施設。宝蔵神社や練成道場などがある
*2 合宿して教えを学び、実践するつどい
*3 神によって創られたままの完全円満なすがた
*4 生長の家独得の座禅的瞑想法
*5 過去に抱いた悪感情や悪想念を紙に書き、生長の家のお経『甘露の法雨』の読誦の中でその紙を焼却し、心を浄める行
*6 生長の家のお経の総称