武村政春(たけむら・まさはる)さん(東京理科大学理学部教授) 聞き手/遠藤勝彦(本誌)写真/堀 隆弘   武村政春さんのプロフィール 1969年、三重県生まれ。1998年、名古屋大学大学院医学研究科修了。博士(医学)。名古屋大学助手などを経て、現在、東京理科大学理学部第一部教授。専門は、巨大ウイルス学、分子生物学、細胞進化学。巨大ウイルスの生態・進化と巨大ウイルスが真核生物の進化にどのような役割を果たしてきたかに興味を持ち、研究を行っている。2019年には、真核生物の起源の謎に迫ると考えられる新規巨大ウイルス「メドゥーサウイルス」を発見した。著書は『新しいウイルス入門』『巨大ウイルスと第4のドメイン』『生物はウイルスが進化させた』(講談社ブルーバックス)、『ヒトがいまあるのはウイルスのおかげ!』(さくら舎)など多数。監修に『ずかん ウイルス』(技術評論社)がある。

武村政春(たけむら・まさはる)さん(東京理科大学理学部教授)

20世紀末に発見され、通常の10倍近くの大きさを持ち、最初は細菌だと思われていた巨大ウイルスの研究者として知られる武村さん

聞き手/遠藤勝彦(本誌)写真/堀 隆弘

武村政春さんのプロフィール
1969年、三重県生まれ。1998年、名古屋大学大学院医学研究科修了。博士(医学)。名古屋大学助手などを経て、現在、東京理科大学理学部第一部教授。専門は、巨大ウイルス学、分子生物学、細胞進化学。巨大ウイルスの生態・進化と巨大ウイルスが真核生物の進化にどのような役割を果たしてきたかに興味を持ち、研究を行っている。2019年には、真核生物の起源の謎に迫ると考えられる新規巨大ウイルス「メドゥーサウイルス」を発見した。著書は『新しいウイルス入門』『巨大ウイルスと第4のドメイン』『生物はウイルスが進化させた』(講談社ブルーバックス)、『ヒトがいまあるのはウイルスのおかげ!』(さくら舎)など多数。監修に『ずかん ウイルス』(技術評論社)がある。

脅威には違いないがパニックになる必要はない

──新型コロナウイルスの感染が拡大し続けている今、ウイルスという目に見えない脅威に対して世界の政治や経済が混乱状態に陥っています。こうした現状に対し、ウイルスの研究者としてどう思われているのか、率直な感想を聞かせていただければと思います。

武村 生物の数に匹敵するほど、ウイルスにはさまざまな種類があります。国際ウイルス分類委員会によると、発見されているウイルスだけでも約3万種と言われていて、核酸がタンパク質の殻(カプシド)に包まれただけの単純かつ極小のものから、カプシドの周りに、エンベロープと呼ばれる膜のようなものを持った複雑なものまで、ウイルスは実に多種多様なんです。

 そして、それぞれの分野でそれぞれの専門家が研究しているため、「専門以外のウイルスには口を出さない」という暗黙の了解があって、私も新型コロナウイルスについてはその立場です。

inoti132_rupo_2 しかし、ウイルス研究者の端くれとして感じるのは、新型コロナウイルスについて、特効薬や予防するための有効なワクチンが普及するまでにはまだ時間がかかるため、過剰に不安を掻き立てられ、世界中がパニック状態になってしまっているのではないかということです。

 新型コロナウイルスによる死者数は、世界で約191万人、日本は約4千人(2021年1月9日現在。その後も増え続けている)ですから、脅威であることに間違いはありません。ただ、1918~20年に猛威を振るったスペイン風邪の世界の死者数は2千万~4千万人、日本は約38万8千人でした。それに比べると、日本に限っていえば、スペイン風邪のときほどの状態ではないと考えられます。

 今後、新型コロナウイルスについての知見が明らかになっていくと思いますが、特効薬や予防するための有効なワクチンが普及するまでの間、過剰に恐れてパニックになるのではなく、自助努力として、マスク、手洗いや消毒、特に学問的根拠がある3密(密閉・密集・密接)を避けることを励行するしかないと考えています。

自然宿主と共生していた新型コロナウイルス

──新型コロナウイルスについて解明が進んでいけば、過剰に恐れることはないとのことですが、そもそも新型コロナウイルスとはどんなものなんでしょうか。

武村 コロナウイルスはRNAウイルスの一種で、私たちが普段ひく風邪の10~15%は、「HCoV-229E」「HCoV-OC43」「HCoV-NL63」「HCoV-HKU1」の4種類のコロナウイルスが原因になっています。2002年に発生した「重症急性呼吸器症候群(SARS(サーズ))」や2012年以降に発生している「中東呼吸器症候群(MERS(マーズ))」もコロナウイルスの一種が原因で、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)もその仲間です。

inoti132_rupo_3 新型コロナウイルスは、センザンコウかコウモリが本来の自然宿主(しゅくしゅ)(寄生生物に寄生される生物)だと言われ、そうした野生動物に対しては特に悪いことはせず、いわば共生しているわけです。しかし、人間が中国の伝統薬として珍重されているセンザンコウの鱗(うろこ)を穫るために、センザンコウとコンタクトして乱獲したことなどが、今回の新型コロナウイルスが蔓延するようになった原因ではないかと考えられています。 

 新型コロナウイルスにとっては、人間は初めて遭遇する生物であり、自然宿主ではないわけですから、共生関係を結ぶ必要がありません。その上、人間はこのウイルスに対する防御システムを持っておらず、自然宿主ではない人間を殺しても構わないというスタンスでウイルスが感染するために、一部の人たちは重症化したり、死亡したりしてしまうのだと考えられます。

──そうすると、ウイルスが人間に侵入したというわけではなく、逆に人間の方からウイルスに近づいていったということですか。

武村 ええ、そう言えるかもしれませんね。本来は自然宿主として、野生動物などの人間とは違う生物に感染して共生していたウイルスが、私たち人間にとっては悪い影響を与える新型コロナウイルスだったというわけです。

inoti132_rupo_4 ただ、新型コロナウイルスにしてみると、病気を発症させるのは、自分たちの存在をアピールしているようなものですから、戦略上はあまりよろしくない。したがって、リスクのある重症化が表に出ることは少なくなっていき、人間と共生関係を結んでいくようになると思います。

──人間の経済活動の幅が広がって、自然の中に入り込み過ぎてしまうと、今回の新型コロナウイルスのようなことがまた起きるということでしょうか。

武村 それはありますね。野生動物たちの世界に、人間が深く入り込み過ぎてしまうと、未知のウイルスと遭遇する確率は高くなると思います。エイズウイルスやエボラウイルスも、そもそもそうして遭遇してしまったわけですから。

さまざまな感染経路をよく知っておくことが大切

inoti132_rupo_5──ウイルスを必要以上に恐れないためには、ウイルスがどのように感染するのかを知っておく必要があると思います。それについて教えていただけますでしょうか。

武村 ウイルスはさまざまな方法で人間の体内に入って感染症を引き起こすわけですが、その第一に挙げられるのが飛沫感染です。これは、感染した人の咳やくしゃみ、会話などで飛んだ細かいだ液や鼻水のしぶきの中に含まれるウイルスを吸い込むことで感染することを言い、主なウイルスとしては、新型コロナウイルスをはじめ、インフルエンザウイルス、風疹ウイルスなどがあります。

 2つ目は空気感染です。咳やくしゃみによって飛び出した飛沫には水分が含まれていますが、やがて蒸発して飛沫核とよばれる小さな状態になります。いわば乾燥して軽くなったウイルスと言ってもいいでしょう。

 これは、長時間空中を漂い、遠くまで飛ぶ空気中のウイルスを吸い込むことで感染するんです。地面や床に落ちたウイルスを、舞い上がったちりやほこりと一緒に吸い込むこともあります。主なウイルスは、麻疹ウイルス、水痘、帯状疱疹ウイルス、ノロウイルスなどです。

 3つ目は接触感染で、感染している人の体液やウイルスが付いているものに触れた手で、口や鼻の粘膜、皮膚の傷口などに触れることによってウイルスが体の中に入ります。そのとき、手にウイルスが付いていることに気づかずにいろんなものに触っていると、ウイルスがどんどん広がっていくわけです。この場合の主なウイルスとしては、ノロウイルス、インフルエンザウイルス、エボラウイルス、新型コロナウイルスなどがあります。

──口からも感染しますよね。

inoti132_rupo_6武村 ええ。これを経口感染と言い、ウイルスが付いている物を食べたり、ウイルスが入っている水を飲んだりすることで感染します。それだけではなく、感染している人の排泄物や吐瀉物からウイルスが手や指に付き、それが口から入って感染することもあります。これに該当する主なウイルスは、ノロウイルスやロタウイルスなどです。

 その他、昆虫や動物からの感染もあります。蚊、ノミ、ダニなどはウイルスの運び屋になることがあり、これらに刺されることで感染が起こるわけです。また、人に感染するウイルスを持つ動物に咬まれたり、ひっかかれたり、動物の体や排泄物に触れたりして感染することもあります。狂犬病ウイルス、デングウイルスなどが、これに当ります。

 また、母子感染と言って、母親からお腹の中の赤ちゃんに、ヒト免疫不全ウイルス、風疹ウイルス、肝炎ウイルス、単純ヘルペスウイルスなどが感染することもあります。

私たちの周りはウイルスだらけ全てを排除することはできない

──ウイルスに感染しやすい人と、しにくい人がいるのはなぜなんでしょうか。

書棚に研究書がたくさん並ぶ東京理科大学の研究室で

書棚に研究書がたくさん並ぶ東京理科大学の研究室で

武村 皆さんご存じのように、人の体には病原菌やウイルスなどの異物から体を守る免疫力が備わっています。風邪をひいたときに発熱したり、咳や鼻水が出たりするのは、免疫力が働いている証拠です。

 新型コロナウイルスやインフルエンザなどが流行しても、かかる人とかからない人がいるのは、免疫力が大きく影響しています。その人が病原体を受け入れやすい状態にあるかどうかという感受性は、免疫力が下がると高まり、感染しやすくなります。小さな子どもや高齢者、他の病気にかかっている人は感受性が高いので、特に注意が必要なわけです。

──感染を恐れるあまり、徹底除菌をするというのは、どうなんでしょう?

武村 危険な病原体からは逃れないといけませんが、私たちの周囲にあるウイルスをすべて取り除くのはとても大変なことです。私たちは呼吸しているときも、空中に浮遊しているウイルスをたくさん吸い込んでいますし、例えば海で泳げば、好むと好まざるとにかかわらず海水が口に入って、それこそ億千万のウイルスを飲み込んでいるわけです。食べ物の中にもウイルスはいますし、私たちの身の回りはウイルスだらけですから、すべてを排除することはできません。

 「何がなんでも清潔に」と除菌を徹底し、多くの人の体内に共生している、普段は病気を起こさない微生物やカビ類、病原性の細菌を寄せ付けない常在菌まで殺してしまうと、却って私たちの体には不都合が生じてしまいます。ウイルスだって、私たちにいい影響を与えているものもいるのではないかと考えられています。何事もそうですが、ほどほどが肝心だということです。

生物の細胞を利用して増えるウイルス

──初歩的な質問で恐縮ですが、ウイルスと細菌との根本的な違いはなんですか。

武村 細菌は人間と同じ生物ですが、ウイルスは生物ではないということです。そのため、病気の原因である細菌を殺したり、増殖を抑える作用を持っている抗生物質は、新型コロナウイルスをはじめ、ウイルス性感染症などの病気には効き目がありません。発熱や鼻水、喉の痛みなどが生じる風邪はウイルスによるものがほとんどですから、細菌性でなければ抗生物質ではなく、抗ウイルス薬が処方されるべきなんです。

──そうなんですか。初めて知りました。

inoti132_rupo_8武村 ウイルスは非常に小さくて、目に見えないのは細菌と似ていますが、細菌は細胞ひとつだけの生物で、ウイルスは生物に限りなく近い物質という位置づけです。一般的に生物の定義は次の3つで、①細胞膜で仕切られたかたまり(細胞)でできている、②代謝を行う、③自分と同じものを自力で複製する(自己複製)というものです。

 さらに具体的に言うと、生物は「細胞でできていて、自分自身を維持し続けるために外界から取り入れた物質からエネルギーをつくる(代謝)仕組みを持っており、自分と同じ仲間を増やす(自己複製)ことができるもの」とされています。人間もさまざまな細胞からできていて、食べ物からエネルギーを作って体を維持し、子どもを作って仲間を増やすことができます。

 しかし、ウイルスはこうした仕組みを持っていません。細胞を持たず、代謝を行わず、自力で複製することができないのですが、遺伝子は持っているので、生物の細胞を利用して増えることができるわけです。

大量のウイルスが入らないと感染は成立しない

──ウイルスが増える仕組みをもう少し詳しく教えていただけますか。

武村 ウイルス自身はタンパク質でできているんですが、自分でタンパク質を作りだすことはできないんです。そのため、ウイルスは生物の細胞に感染して細胞の仕組みを使い、タンパク質を作ってもらって増殖していきます。ですから、いつも何らかのウイルスにさらされている私たち生物は、時に病気になるか、あるいは無症状のままで生きていくことになるわけです。

 ウイルスが、タンパク質を作るためにとりつく生物のことを宿主(しゅくしゅ)と言い、ウイルスは宿主の細胞の中に入り込むと細胞内でばらばらになります。むき出しになった核酸は細胞内の道具を使い、自分の核酸とタンパク質をどんどん作らせて、一つずつ組み立てるとまた細胞の外に出て行く。これが感染が広がっていくということなんです。

──人間がウイルスに感染するのは、どんな条件によるんですか。

武村 例えば、呼吸器の上皮細胞に感染するようなウイルスは、手に付いた状態で舐めたり、触ったりすることで体内に入ります。ただ、感染するには粘膜を通り抜けなければならないので、それだけでは感染しません。人間の体の内側は粘膜でガードをされているため、普通は粘膜を通り抜けるほどの大量のウイルスが入り込まないと感染は成立しないんです。1個か2個のウイルスが付いた手を舐めたとしても、絶対に感染しません。具体的な数は分かりませんが、1万個、10万個、100万個といったレベルのウイルスを一遍に吸い込み、それが粘膜を通り抜け、その下にある細胞に入ってきて初めて感染が成立する。

 ただ、これはウイルスの種類によっても違い、ノロウイルスなどは10個ぐらいでも感染しますが、新型コロナウイルスの場合は、何万、何十万個の範疇に入るのではないでしょうか。

ウイルスは悪者ばかりではない人の役に立つウイルスもある

──私たちは、ウイルスと聞くとどうしても病気を起こす病原体、即ち“悪者”というイメージを抱いてしまうんですが、一方で人間の役にも立っていると聞きます。それについて教えていただけますか。

inoti132_rupo_9武村 まず食べ物です。食べ物が腐るのは、そこに細菌がくっついて、食べ物を食べたり排泄したりして増殖するからなんですが、細菌だけに感染するウイルスの総称であるバクテリオファージを使うことで、食べ物を細菌から守り、長持ちさせることができます。

 ウイルスは細胞よりも小さく、特定の細胞だけに寄生する性質を強く持つウイルスもあるため、その性質を利用して、病気になった細胞だけを攻撃することもできます。またウイルスは、遺伝子に働きかけることも得意なので、細胞内に遺伝子を運び込む乗り物であるベクターとして使われるなど、遺伝子治療にも役立っているんです。

 今、私たちが研究している分子生物学は、細菌だけに感染するウイルスであるバクテリオファージの研究から発達し、それにより現在の医学や生命科学が発展しているという側面があるので、ウイルスはなくてはならない存在なんです。

inoti132_rupo_10 さらには、ケガや病気で失った体の器官や機能を元に戻す再生医療に役立つiPS細胞ができたのも、ウイルスのおかげと言っていいと思います。iPS細胞は、体細胞にいくつかの遺伝子を組み込むことで作られるわけですが、そのときに遺伝子を運ぶのに使われたのがレトロウイルスのベクターなんです。他にも腫瘍溶解性ウイルスを使い、がん細胞だけにウイルスを感染させて、がん細胞を殺す研究も進められていますし、抗生物質が効きにくい細菌に対してウイルスを使う方法も研究されています。

──ウイルスは、赤ちゃんにも役立っているそうですね。

武村 ええ。赤ちゃんがお母さんのお腹の中で育つとき、ほ乳類の子宮の中には胎盤ができます。この胎盤は、赤ちゃんの役に立つ栄養や酸素は通しますが、赤ちゃんを攻撃するものは通しません。こうした優れた機能を持つ胎盤についても、その進化の過程でレトロウイルスが関与していたことが分かってきています。

環境・産業面でもウイルスが有用な働きをしている

──今のお話の他にも、ウイルスが利用されていることはあるんでしょうか。

inoti132_rupo_11武村 環境・産業面での利用もありますね。まず、赤潮(あかしお)の解消にウイルスを使う研究が進められています。赤潮は、海で動植物プランクトンが大量発生する現象のことですが、プランクトンも呼吸をするため、赤潮になると水中の酸素が少なくなります。また、プランクトンが魚の鰓(えら)に詰まったり、プランクトンの毒にさらされたりして、魚貝類に大きな被害が出ます。

 そこで、海底の泥の中にいるウイルスを使ってプランクトンを減少させ、赤潮を解消しようということです。

 また、タバコモザイクウイルスと呼ばれるチューブのような形をしたウイルスを使って超極細のワイヤを作る方法が研究され、ドイツや日本で成功しています。これが実用化されれば、コンピュータやゲーム機などの電子部品をより小さく、より高性能にすることができると期待されています。

 確かにウイルスは、一見、生物にとってあまりよろしくない存在ではありますが、その仕組みをよく理解することで、有用なものにもなるということを知っておいていただきたいと思います。

ウイルスの遺伝子がなければ人間は進化できなかった!

──ウイルスは、生物の進化にもすごく関わっていると聞きました。これは具体的にはどういうことでしょうか。

inoti132_rupo_13武村 私たち人間のゲノム(ある生物種を規定する遺伝情報全体のこと)は、2003年に解析されました。その際、実はDNAの塩基配列の4割ほどがウイルスに由来するものであることが分かり、その後、その中には、実際に遺伝子として働いているものがあることも判明しました。

 それは、ウイルスと私たち人間の祖先が、かつてお互いに遺伝子のやりとりをしていたということを意味し、私たちは知らない間に、ウイルスとの関わりの中で進化してきたことが分かったということなんです。

 それがウイルス由来のトランスポゾンと言われる塩基配列です。これはジャンピング遺伝子とも呼ばれ、ゲノムの上を自由に移動することができます。遺伝子が動けば、生き物の体に何らかの変化が起こるわけですが、実際、これらのゲノムは大きな進化の節目で特に増えていることが分かっており、ウイルスの活動は、生物の進化を進める力となっているようなのです。

 一番端的なのは、先ほども出てきた胎盤の例です。お腹の中の赤ちゃんは、半分はお父さんの遺伝子でできていますが、お父さんの遺伝子はお母さんの体にとって異物です。普通なら免疫が働いて、異物である赤ちゃんを追い出そうとするはずなのに赤ちゃんが無事に育つのは、子宮の中にできる胎盤が、栄養や酸素は通すのに、免疫に関わる細胞については、赤ちゃんの側に通さないからなんです。

 この胎盤を作っているシンシチンというタンパク質は、ウイルスに由来しており、赤ちゃんが生まれるのもウイルスのおかげなんです。

 私は、これは人間だけの話ではなく、ウイルスはその都度、何らかの意味で他の生物の進化にも関わっていて、多くの生物にウイルスから遺伝子をもらった痕跡があるのではないかと考えています。その意味で、ウイルスの遺伝子がなければ、ほ乳類である私たち人間は進化できなかったと言えるのではないかと思います。

ヒトがいまあるのはウイルスのおかげ

──武村さんには、『ヒトがいまあるのはウイルスのおかげ!』というご著書がありますが、これまでのお話を伺って、「ヒトがいまあるのはウイルスのおかげ」ということの意味をよく理解できたように思います。また、ウイルスを頭ごなしに悪い存在と決めつけ、撲滅すべき対象としてしか見なくなると大局を見誤るとも言っておられて、その点についてもよく分かった気がします。

武村 ウイルスの語源は、「毒液」または「粘液」を意味するラテン語の「virus」ですから、どうしても悪いイメージになってしまいます。しかし、新型コロナウイルスと同じように、全てのウイルスを敵と見なすのは健全な考え方ではありません。それは、日本人のある特定の一人が、とてつもない殺人鬼で悪い奴だから日本人全体も悪いんだ、と言うのと同じことです。 

 その意味でウイルスそのものを敵視して、全て撲滅しようという対処の仕方は、その時々の個別のウイルスに対する反応としては適切な場合もあるかもしれませんが、長い視点に立つと、人間にとっても生物にとっても地球にとってもマイナスになると思います。ほとんどのウイルスは、人間をはじめ生物と共存する仕組みを使って生きているわけですから。

お互いの戦略が合致し、落ち着くべきところに落ち着く

──皆さんが関心のあることだと思いますが、これから人間と新型コロナウイルスの関係はどのようなところに落ち着いて、どのような形で終息していくとお考えですか。

ウイルスに関する著作を手に解説する武村さん

ウイルスに関する著作を手に解説する武村さん

武村 人間側とウイルス側の両方にそれぞれ戦略があります。人間側は、ワクチンと治療薬を開発することによって、ウイルスに感染したとしても治すか、ウイルスにほぼ感染をしないようにする方策を取るはずだと思うので、そうなると、いずれ新型コロナウイルスは、インフルエンザウイルスと同じような扱いになっていくと思います。

 一方、ウイルス側からすると、人間に感染したとしても、感染した人間を重症化させたり死に至らしめたりするのではなく、無症状のまま知らず知らずのうちに周りに感染を広げ、共生していくのが、戦略上一番いいわけです。ですから、今後、新型コロナウイルスは次第に弱毒化していき、感染してもほとんど無症状か、軽症に留まる普通のウイルスとして人間社会に定着していくと思います。

──今後も、私たち人類の前には、いろいろなウイルスが出てくると思いますが、どう対処していったらいいんでしょうか。

武村 ウイルスは、生物に比べると変異しやすいといわれていて、特にRNAウイルスであるインフルエンザウイルスやコロナウイルスは、より突然変異しやすいウイルスです。そうやって突然変異をして、どんどんと新しいウイルスができるため、根絶するのは無理でしょう。ウイルスのよい面をしっかりと見据えながら、共生を目指すべきだと思います。

 その上で、人間側がそれらの新しいウイルスにきちんと対応できるだけの科学的知識を身に付け、ワクチンや治療薬の供給体制をきちんと確保していくことが大切だと思います。

──よく分かりました。本日は貴重な話をありがとうございました。
(2020年11月30日、インターネット通信により取材)