
西川芳昭(にしかわ・よしあき)さん(龍谷大学経済学部教授)
種子法、種苗法について説明しながら、「人は種子なしには生きられない」と種の大切さについて語る西川さん
聞き手/遠藤勝彦(本誌) 写真/永谷正樹
西川芳昭さんのプロフィール
1960年、奈良県の種屋に生まれる。京都大学卒業、英国バーミンガム大学大学院生物学研究科および公共政策研究科修了。現在、龍谷大学経済学部教授。2020年3月から英国コベントリー大学アグロエコロジー・水・レジリエンス研究センター訪問研究員。農学博士。専門は農村開発・農業生物多様性管理。国内外のフィールドで、農家の種子調達や品種管理の調査研究を続ける。著書に『地域文化開発論』(九州大学出版会)、『作物遺伝資源の農民参加型管理―経済開発から人間開発へ』(農山漁村文化協会)、『種子が消えればあなたも消える―共有か独占か』(コモンズ)、編著に『生物多様性を育む食と農―住民主体の種子管理を支える知恵と仕組み』(コモンズ)などがある。
私たちの食べ物の根源であるにもかかわらず、これまであまり注目されなかった種子。だが、2018年4月に種子法が廃止され、今年の通常国会において種苗(しゅびょう)法の改正の動きが出たことで、国民の関心が高まっている。種子法、種苗法とはどのような法律で、どんな役割を果たしてきたのか、種子法の廃止によってどういう影響があるのか、さらには、種苗法改正のポイントとは何か、今後食料を安定的に確保していくために、何をすべきかなどについて、「人は種子なしには生きられない」と語る種子の専門家、西川芳昭・龍谷大学経済学部教授に聞いた。
種子法=主要農作物種子法は食糧の安定供給を目的に作られた
──初歩的な質問ですが、まず種子法とはどういう法律で、また何のためにいつ制定され、どんな働きをしてきたのかについて、教えていただければと思います。
西川 種子法は専門的な法律なので、名前も聞いたことがないという人がほとんどだと思います。正式には「主要農作物種子法」といい、1952年、議員立法(立法府の議員の発議により成立した法律)でできたもので、稲・麦・大豆を対象としています。
その当時は、稲の種なども、戦時中の1942年に制定された食糧管理法に基づいて食糧と同様に流通していたこともあって、必ずしも品質がいいものではありませんでした。そこで、「二度と国民を飢えさせない」「国民の食糧を供給する責任を負う」という国の明確な意志のもと、「主要農作物の優良な種子の生産及び普及を促進する」(種子法第一条)ことを目的に作られたんです。
ただ、国が「優良な種子の生産及び普及を促進する」と言っても、種子法の条文の中で決まっていたことは、3つのことしかないんですね。
──その3つとはなんでしょうか。
西川 1つ目は、種子法の第八条に「都道府県は、当該都道府県に普及すべき主要農作物の優良な品種を決定するため必要な試験を行わなければならない」とあるように、各都道府県が奨励品種を決めるための試験を実施するということです。奨励品種とは、各都道府県がそれぞれの自然条件や社会条件に合い、各都道府県で普及すべき優良な品種として決定したもののことを言います。(山梨県の具体例参照)
ですから、国民の食糧を生産する地域の農家に優れた品種の良質な種子が行き渡るよう、国の責任のもと、都道府県にその任務を委託したということなんです。
2つ目は、試験によって、例えばコシヒカリが奨励品種に決まったら、これも都道府県の責任において、都道府県自身または適当な組織に委託し、原種(げんしゅ)と原原種(げんげんしゅ)の生産を行うということです。原種、原原種と言うと、昔からある古い種のように思う人が多いかもしれませんが、そうではなく、実際に農家で使われる種の一世代前の種を原種、二世代前の種を原原種と言います。つまり父母にあたる種と祖父母にあたる種を、都道府県が責任をもって生産するということです。
3つ目は、都道府県から指定された種子生産農家が一般栽培の種を生産する際、どの圃場(ほじょう)で作るのか、またその圃場では、他の品種と混じったり、極端に病害虫にやられたりしないかを審査することです。圃場という聞き慣れない言葉が出てきましたが、要するに、田畑など農作物を育てる場所のことであり、圃場の審査とは、稲の開花期や登熟期(籾殻の中で米の粒が成長する時期)に、種子生産農家の圃場で各種基準に基づいて実施する審査のことです。これは、収穫後の種子検査とともに、種子の品質を確認するための重要なステップになっています。
それから、例えば出来上がったコシヒカリなら、それがコシヒカリの品種に見合ったものなのかについても、検査し、審査します。
──種子法とは、おおむねそうした3つのことを決めていた法律ということなんですか。
西川 そうです。しかも先ほど言いましたように、対象となるのは主要作物である米と麦と大豆、つまり、日本で主食に近い形で食べていくものについてのみ定めていた法律なんです。終戦後の食糧難の時代、食糧増産という国家的な目的のために作られたわけですが、種子法ができた1952年は、サンフランシスコ講和条約の締結の年で、日本が主権を取り戻してこれから主体的に伸びていこうというときに、一番重要なのは食糧の増産だということで作られた法律の一つが種子法だと、私は理解しています。
この種子法があったから、都道府県などは安心して、その地方にとって大切ではあるものの、需要が必ずしも多くないために、民間企業では供給が難しい品種も、普及と種子の生産を行うことができたんですね。
種子法を廃止しなくても民間の参入は可能だった
──そうした大きな役割を果たしてきた種子法が、2018年4月に廃止されてしまったのは、なぜなんでしょうか。

著書の『種子が消えればあなたも消える―共有か独占か』、編著の『生物多様性を育む食と農―住民主体の種子管理を支える知恵と仕組み』を手に
西川 農林水産省が挙げている種子法廃止の理由は次の3つです。
①種子生産者の技術水準の向上により、種子の品質は安定している。
②農業の戦略物資である種子については、多様なニーズに対応するため、民間ノウハウも活用して、品種開発を強力に進める必要がある。しかしながら都道府県と民間企業の競争条件は対等になっておらず、公的機関の開発品種が大宗(たいそう)(*1)を占めている。
③都道府県による種子開発・供給体制を生かしつつ、民間企業との連携により種子を開発・供給することが必要である。
これらを分かりやすく言うと、奨励品種に決まっている品種は、そのほとんどが国や都道府県が作ったものであって、「種子法は民間の開発意欲を阻害している」から、行政改革、規制緩和の一環として、もっと民間の参入を進めて、市場の原理に任せたほうが良いというものです。
ただ、種子法で決まっていたのは、先ほど言った3つのことだけですから、種子法を廃止しなくても民間の参入は可能だったんです。現に種子法が存在する時点でも、例えば、多国籍企業の代表的な会社だった日本モンサント社(当時)が、コシヒカリを親にして育成した品種「とねのめぐみ」は、2005年に農林水産省に品種登録され、茨城県などの産地品種銘柄米(農産物検査法による検査を受けて流通する品種)となっています。
──種子法の廃止には反対されていたそうですが、それはなぜなんでしょうか。
西川 その理由の一つは、種子法によって、種子の生産・普及事業にかかる費用が、ある程度国によって賄われていたからです。私たちが生きていく上で、絶対に必要な食糧である米や麦を農家が生産するために必要な種を作るには、やはりお金と手間がかかるわけで、ある程度、国が責任を持つべきだと思います。
種子法を廃止した表向きの理由は、「民間が参入しやすくする」というものでしたが、私は、国が食糧の安全保障の責任を放棄して、民間に放り投げてしまうという考え方に反対したんです。
種を繋ぐ営みは多様な仕組みで守るべき
──農水省が「種子法の廃止によって多様なニーズに対応する品種が開発される」と言っていることについては、どうお考えですか。
西川 農水省の言う多様なニーズとは、市場で需要が増えている中食・外食用の業務用米を意識しているのだと思います。

「この機会に、種の大切さについて考え、議論を深めてもらいたいと思います」
確かに、公的機関の育種が、良食味米や地域ブランド品種開発に傾斜していたことは事実でしょう。ただその一方で、“種を繋いでいく”という営みの主体を、利益優先の民間企業に移したら、「できるだけ同じものを効率的に」という方向になることが懸念されます。日本では、現在300品種以上の米が作られていますが、民間企業が300品種もの種子を採り続けるというのは、コスト的にも手間的にも現実的ではありません。コストに見合わない種を誰も生産しなくなったら、困るのは国民全体です。
例えば、宮城県の中山間(ちゅうさんかん)地域で栽培されている「ゆきむすび」という、大変食味のよい米があります。これは、宮城県鳴子温泉地域を中心に、数十ヘクタールの単位でしか生産されず、いわば“幻の米”として地域振興の資源となっている米なんですが、地域の農家が試験場に相談して、生産が実現した品種です。地域にとって大切な品種が育成され、種が供給され続けてきたのは、地域の農家の意欲を支える公的な制度や予算の基盤があったからこそです。
しかし種子法の廃止によって、公的な制度や予算の基盤がなくなると、こうしたゆきむすびのような、地域にとってとても大切だけれど小規模でしか栽培されていない品種は、将来的に消滅してしまうことが考えられます。
──それは大きな損失ですね。
西川 地域特有の気候や風土の中で育まれ、それぞれの土地の食文化を支えてきた多様性が、大きく損なわれてしまう可能性があります。そして、画一的な品種になってしまうことで、害虫や病原菌、異常気象などの影響を受けやすくなってしまうのではないかと心配されます。消費者の側から見ても、食の選択肢が減るわけですから、暮らしの豊かさ、社会としての豊かさを失うことに等しいのではないかと思います。
育成者の権利を保護した植物の著作権とも言える種苗法
──種子法の廃止に続いて、政府・与党は今年の通常国会で種苗法改正案の成立をめざしていましたが、結局は審議が先送りになりました。この種苗法についても知らない人が大半だと思いますので、どんな法律なのか教えていただけますか。
西川 種苗とは、文字通り植物の種や苗のことで、種苗法は、1947年に制定された農産種苗法の一部を改正し、1978年に成立した法律で、「植物の新品種の保護に関する国際条約」という国際約束との関係で1998年に大きな改正がなされています。新しい品種を開発した人の権利を保護するルール(植物の著作権とも言える)を定め、品種の育成の振興と種苗の流通の適正化を図り、農林水産業の発展に寄与することを目的とするものです。
──今回の種苗法改正案のポイントは何でしょうか。
西川 大きなポイントは、高級ブドウのシャインマスカット、柑橘類のデコポン(不知火(シラヌヒ))などの品種の国外流失が後を絶たないため、それに歯止めをかけようというものです。品種の開発者が新品種を登録する際、輸出国や栽培地域を指定できるようにし、それ以外への流通を規制するのが目的です。
規制に関連して、従来は原則自由だった、農家が収穫物から種や苗を採る「自家増殖」について、誰が自家増殖をしているかを把握するため開発者の許諾を必要とする、と改正されます。このことが、「在来種についても、自由に種や苗を採れなくなるのではないか」といった誤解や混乱を招きました。
──在来種は関係ないんですね。
西川 そうです。「主な登録品種と一般品種の例」を見ていただければ分かるように、日本の農産物の品種には、「一般品種」と「登録品種」があります。一般品種とは、①在来種、②品種登録がされたことがない品種、③品種登録期間が過ぎた品種のことを言います。種苗法が改正された場合、収穫物から種や苗を採る自家増殖について、開発者の許諾が必要となるのは、表の緑線で囲われている登録品種だけで、品種数の9割を占める一般品種については、従来通り自家増殖しても問題ありませんし、家庭菜園も規制の対象外です。
また、在来品種を登録されたら、自家増殖が制限されるんじゃないかと危惧する人もいますが、品種登録をするには、「未譲渡(みじょうと)」といって、まだ誰にも知られていない品種であること、という条件があるため、既にみんなが作っている品種、在来品種は登録できないんですね。
そうしたことを踏まえて、自然農法で野菜を作る農家の人の中にも、「音楽の著作権と同じように、品種の開発者に対価を支払うのは当然」と理解を示す人もいますし、私も今回の種苗法の改正には、基本的に賛成の立場です。ただ、種は“食の源”であり、種によって生かされているのが私たちですから、品種改良をしたからと言って、特定の作物のゲノム(遺伝子全体)を所有しようとするような動きには、注意する必要があると思います。
いずれにせよ、この機会に種の大切さについて考え、議論を深めるのはいいことだと思っています。
食料生産にかかるコストを認識し、農家と責任の“分かち合い”を
──今、「種は食の源であり、種によって生かされているのが私たちだ」という話がありましたが、今後、こうした種を守り、食料を安定的に確保していくためにどうしたらいいのでしょうか。
西川 消費者にとっては「何を食べるのか」を、農家にとっては「何を作るのか」を、自分で決めていく権利を「食料主権」と言います。ところが、市場経済が過度に発達した現状では、残念ながら農家は、企業が売りたい、作らせたいと考える品種を生産せざるを得ず、その結果、消費者の食べたいものを選ぶ権利も狭められてしまっています。
しかしその一方、多国籍企業のような巨大資本による誘導に反対し、自分たちの食料主権を守っていこうという市民や農民の動きとその連帯が活発化しています。
食料主権の考え方を提起した世界的な農民組織「ヴィア・カンペシーナ」は、地域の特性や自然の持続性を損なわないような農業を取り戻す活動の一環として、在来種の保存の重要性も強く主張しています。2018年12月の国連総会では、小規模農家が食料生産の重要な役割を果たしていることを踏まえて、「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」が採択され、農家や農村に住む人たちの役割の大切さを、すべての人が認めることを促しています。
日本でも、例えば長野県では、交配による育種技術(ハイブリッド技術)によって、カブや大根など伝統野菜品種の種を守る取り組みが、生産者グループと行政などとの協力で行われていますし、広島県の農業ジーンバンクは、「種子の貸し出し事業」を実施して、一度は作られなくなった作物を地域の特産品として復活させています。
──そうした食を持続させる地道な努力が、多様な人たちの参画によって続けられているわけですね。
西川 ええ。米や麦のような主要作物と野菜とでは、種子を管理する仕組みが異なるので同列にはできませんが、農家を中心に、さまざまな立場の人たちが、地域に見合った品種の開発に関わり、付加価値のある商品を作って、その付加価値を地域に還元しようとしています。また、そういった経済的な価値以外の食の大切さを考える人も増えています。
私たちもこの際、食に対する考え方を変えなければならないと思います。食べるということは、「いのちをいただいている」ということですが、私たちは、ともするとその大切な事実を忘れてしまっています。私たちが食品にあまりお金をかけようとしないから、農家は生産にかかった費用を回収できなくなって、経営に希望を持ちにくくなっています。
種子法の廃止や、種苗法の改正について議論することにも意味はありますが、私たち消費者は、食料生産には手間暇を含めてコストがかかるものだという認識を持ち、それを農家が安心して作れるように、適切な価格で“買い支え”していくことが、もっとも大切だと思いますね。「地域支援型農業」という、農家の生産コストを消費者が負担し、天候などに左右される作物生産のリスクを、農家と生産者が協力して負担する運動も世界的に広がっています。
「種子が消えれば食べ物も消える。そして君も」
──“買い支え”をすることに加えて、私たち消費者がしなければならないことはなんでしょうか。
西川 まずは、私たち一人ひとりが自分に与えられている食料主権を強く意識して、これまで以上に、自分が口にする食べ物に関心と責任を持つということです。具体的には、まず食べ物を買うときには、誰がどこで、どういう想いで作っているのかが分かる食材を選ぶこと。そして、食べる時にも、種を繋いできた人々や作物の生産者、産地に思いを馳せること。こうした営みを含めて、農業を持続可能にするためのコスト負担をしていくことが大切だと思います。
経済面の話が続きましたが、最後にひと言。そもそも作物を経済的な財とだけ見て、交換価値(貨幣価値)を高めるような議論に終始してしまうことに私は疑問を持っています。むしろ、人間も作物も、共にこの世界を構成する要素として、お互いに依存し合っている愛おしさのような感覚を取り戻し、いのちを育み合おうとする態度がより大切ではないでしょうか。
──なるほどそうですね。

2014年、エチオピアにあるタマネギ採種を行う農家圃場を視察したときの西川さん(西川さん提供)
西川 私は、奈良県で種苗商を営む家に生まれました。種苗商といっても、タマネギとレンゲの種だけを扱う特殊な店で、タマネギは大阪に、レンゲは広島県や山口県に出荷していました。タマネギの種は、とても臭いんですが(笑)、そういう匂いの中で育ち、倉庫でレンゲの種の山に埋もれて遊んだりしていたものですから、自然に種に興味を持ち、種の研究をするようになりました。
昭和40年代になって、野菜の種取りが一気に海外に移行してしまって、店は廃業せざるを得なくなってしまったんですが、子どもの頃から、種の状況を肌身で感じてきました。ですから、スバールバル世界種子貯蔵庫(*2)の創設に尽力したベント・スコウマン氏の「種子が消えれば食べ物も消える。そして君も」という言葉は、心に染みるものがあります。人間は、食料のすべてを直接、あるいは間接的に作物に依存しており、その作物を生み出す種子によって生かされているからです。
種を巡っていろいろな動きがある今だからこそ、種の大切さ、重要さを改めて認識し、これから私たち一人ひとりが種とどう関わっていくのが望ましいのかを考えてみたいですね。例えば、畑やプランターなどで野菜を育ててみるのもいいでしょう。きっと、種は“いのちの源”であることが実感できると思います。
形見分けの曾祖父の看板を掲げ、若い人を支援する種屋を開きたい
──最後に今後の抱負を聞かせてください。
西川 私は種苗屋の息子として生まれたという話をしましたが、廃業後に父が亡くなったとき、形見分けに種屋の看板をもらったんです。曾祖父の名前が入った「西川芳太郎商店」という、周りにレンゲの花があしらわれている看板で、すっかり色褪せてしまいましたが、今でも大切に保管しています。
数年後に大学の定年を迎えたら、この看板を掲げて、種を大切にしようとする若い人を支援する小さな種屋を開けたらいいなと願っています。
──素敵な夢ですね。ぜひ、実現していただきたいと思います。今日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
(2020年6月6日、インターネット通話により取材)
*1=大方、大半
*2=ノルウェー領スバールバル諸島のスピッツベルゲン島にある食用植物のシードバンク。永久凍土層の地下130メートルに設けられた3棟の貯蔵庫に、約4000種93万品種の種子が冷凍保存されている