井上敬子さん(72歳)北九州市小倉南区 毎日の食卓には、家庭菜園で採れた無農薬・無化学肥料の野菜や、舅の遺した果樹に生った果物が並ぶ

井上敬子さん(72歳)北九州市小倉南区
毎日の食卓には、家庭菜園で採れた無農薬・無化学肥料の野菜や、舅の遺した果樹に生った果物が並ぶ

体の姿勢は、生きる姿勢

 周囲に田畑が広がるのどかな山間の町。道ばたの菜の花が風にゆれる春の農道を、井上敬子さんは、電動アシストの自転車に乗って軽快に走る。

「上り坂や、買い物の帰りで荷物が重くなった時に重宝しています。でも、体の調子がいい日は電源を切って、足に負荷をかけるようにしているんですよ。100歳まで元気に生きるためには、筋力が大事ですからね」

と、井上さんは明るい声でハキハキと語る。

愛犬のチエとゴローと日課の散歩。しっかりとした足取りで山道を歩く

愛犬のチエとゴローと日課の散歩。しっかりとした足取りで山道を歩く

「体の姿勢は、生きる姿勢」がモットーという井上さんは、自転車を漕ぐ時も背筋をピンと伸ばして胸を張り、顔を上げてしっかり前を見る。自動車に乗っていた頃は目的地に着くことしか考えていなかったが、自転車に乗るようになってからは、時には途中で止まり、道ばたに咲く草花の香りを楽しむようになった。春は収穫された筍(たけのこ)、夏は青葉の香りも風に運ばれてくる。季節の変化に合わせて色を変えていく山の木々をながめていると、大きな自然の流れの中に生きている自分を感じるという。

「生長の家では植物だけでなく、鉱物や菌類まで、すべてが神様のいのちの現れであると学びました。とくに木々がいっせいに芽吹く春は、植物の湧きあがるような生命力を実感し、こちらも元気をもらえます」

夫と教えを学ぶ至福の時間

 井上さんが生長の家の教えに触れたのは、昭和46年に24歳で夫の嘉久(よしひさ)さんと結婚したときのことだった。婚家では毎夕食後に、舅が生長の家の教えを聞かせてくれて、そこで初めて「人間は神の子であり、完全円満であるのがほんとうのすがた」という教えを知った。

孫と。次男の家が向かいにあり、孫たちがよく遊びにきてくれる

孫と。次男の家が向かいにあり、孫たちがよく遊びにきてくれる

 井上さん夫妻は3人の子宝に恵まれたが、平成6年、嘉久さんが54歳の時に右小脳橋角部髄膜腫が見つかった。井上さんは突然のことにとまどいながらも、「今こそ真剣に教えを行じよう」と決心し、手術の日まで毎朝晩2時間ずつ、仏前で聖経『甘露の法雨』(*1)を誦げ、12年前に亡くなった舅に「夫を助けてください。私を一人にさせないで!」と必死に呼びかけた。16時間におよんだ手術は成功し、嘉久さんは一命をとりとめることができた。命が救われた恩返しにと、夫婦で生長の家の伝道に専念し、嘉久さんと一緒に神想観(*2)をしたり、聖経(*3)を誦げたりと、夫婦で行じる時間は至福のひとときだったという。

 しかしその後も嘉久さんは再発を繰り返し、5度目の手術後、誤嚥性肺炎をきっかけに平成28年に霊界へ旅立った。

「再発を二人で乗り越える度に、何とかしなければと焦る思いから、しだいに『神様にすべておまかせし、御心のままに生きよう』という心に変わっていきました。夫は私の魂の成長のために病気の姿を仮に現し、導いてくれたんだと思います」

今、ここにしかない景色

 生長の家では環境に配慮し、地球温暖化の一因である二酸化炭素の排出を抑えた、低炭素のライフスタイルを勧めている。嘉久さんを見送り、独り暮らしになった井上さんは、日常の足を自動車から、それまでほとんど使っていなかった古い自転車に替えると、視界いっぱいに風景が広がる解放感に夢中になった。ゆるやかに通り過ぎていく木々や草花を眺めて自転車を走らせていると心がやすらぎ、ふと心に浮かんだのは、「今までせわしなく生きてきた」という思いだった。昭和57年に専業農家だった舅が急逝してから、井上さんと嘉久さんは遺された田畑を管理するために、毎日忙しく働いてきたという。

「いつしか自然の恩恵によって生かされていることを忘れて、自分の力だけで生きているような気になっていました。でも、山の木々や道ばたの草花は、置かれた場所でそのままに生きていました。私も焦らず頑張らず、今の環境に感謝しながら『ありのままを生きよう』と思ったんです」

自宅の縁側で、愛する孫と過ごす午後のひととき

自宅の縁側で、愛する孫と過ごす午後のひととき

 ゆっくりと自分のペースで自転車を漕ぎ、1年前に電動アシストの自転車を購入してからは、15キロ以上離れた場所へも行けるようになった。疲れたら自転車から降りて歩いたり、途中で駅に自転車を置いて電車に乗ることもある。「電車に乗り遅れてしまう時もありますが、都合が悪いように思えても、実は神様が選んでくれた、一番いいタイミングだと思うようになりました」と、井上さんは微笑む。

 季節を肌で感じながら自転車を走らせていると、目の前に広がる風景と、それをみている自分との巡り合わせに、かけがえのない時間を感じることがあるという。

「目の前にある景色は、広い宇宙の中の『今、ここ』にしか存在しないんです。だったら心ゆくまで堪能しなきゃ、もったいないって思うようになりました。身のまわりにある自然のすばらしさに気がつくと、生活をするこの場所が天国なんだってわかります」

 今、この瞬間に焦点を合わせて生きる井上さんの暮らしは、新鮮な喜びに彩られている。

*1 生長の家のお経のひとつ。現在品切れ中
*2 生長の家独得の座禅的瞑想法
*3 生長の家のお経の総称