今岡順子さん(66歳)兵庫県宝塚市 取材/原口真吾(本誌) 撮影/堀 隆弘 今も現役の介護福祉士として活躍している

今岡順子さん(66歳)兵庫県宝塚市
取材/原口真吾(本誌) 撮影/堀 隆弘
今も現役の介護福祉士として活躍している

自然の恵みのありがたさ

 竹林の中の細い道を抜けた先にある、雑木林に囲まれた一軒家に、今岡順子さんは一人で暮らしている。もとは従兄弟の所有物だったが、管理する人がいなくなったこの家を譲り受け、子どもの独り立ちを機に、昨年(2018)4月に引っ越して来た。

 取材に訪れたのは、今岡さんが引っ越して1年が経った4月の終わり。広大な庭には、白く可愛らしいスズランスイセンや、優しい水色のオオイヌノフグリ、ひっそりと咲くスミレなど、色とりどりの花が咲き乱れていた。

「朝は家の中よりも外の方が暖かいので、テーブルを外に持ち出して朝食をとることが多いです。これから新緑が美しい、私の大好きな季節になっていきます」

 この日は、地元の生長の家の友人が10人ほど集まって、手づくりのピザを庭で焼いた。

両手いっぱいに収穫したタラの芽。この後は天ぷらにして、教区の友人たちと春の味覚を堪能した

両手いっぱいに収穫したタラの芽。この後は天ぷらにして、教区の友人たちと春の味覚を堪能した

 友人たちが慣れた手つきで準備を進める傍ら、今岡さんは傘と高枝切りばさみを手に、「私たちは山菜を採りに行きましょうか」と促した。林の中に自生するタラノキに向かうと、高い所にある芽をはさみで切り、それを地面に逆向きに広げた傘の上に落として収穫する。少し歩いた先には、ワラビがあちらこちらに生えており、その若芽を今岡さんは手折っていった。

「タラの芽は天ぷらに、ワラビはおひたしにします。亡くなった夫はよくここに来て、山菜を採ったり、クルミを拾ったりしていたんです。その頃の私はといえばおっくうに感じて、一緒に来ることはあまりなかったですね。もし今も一緒だったら、きっと楽しく暮らせたんじゃないかと思います。あのクルミの木は、どこにあるのかしら?」

夫との思い出

 今岡さんは昭和50年、22歳の時に5歳年上の長人(ながと)さんと結婚した。一男二女に恵まれ、次女が生まれて間もなく神戸市に引っ越し、両親と同居することになった。そんな平成元年、長人さんがうつ状態になり、2年ほどで社会復帰したが、平成9年に再発した。

 その2年ほど前から、知人の紹介で母親教室(*1)に参加し、「人間・神の子」の教えを学んでいた今岡さんは、「解決できない課題は与えられない」「逆境は必ず好転する」という生長の家の教えを心の支えにするようになった。そして毎朝、聖経(*2)を誦げる中で、日頃から夫婦で過ごす時間が少なかった自分に気づき、夫の寂しさに思い至ったという。夫との時間を大切にするようになると、長人さんは今岡さんの新聞配達の仕事を手伝うようになったのをきっかけに元気になり、家族のため必死に働いた。しかし、平成22年に肝臓がんが見つかり、わずか3カ月で霊界に旅立っていった。

庭で摘んだ草花を生けて玄関に飾る。「すべてのいのちを愛するような生活をしていきたいと、いつも思っています」

庭で摘んだ草花を生けて玄関に飾る。「すべてのいのちを愛するような生活をしていきたいと、いつも思っています」

「私は仕事を辞めて、ホスピスの個室で夫と一緒にいることを選びました。気が強く、夫婦の時間もままならなかった私ですが、最期の時まで二人一緒に過ごすことができたのは、せめてもの救いです。今になって、夫の良さに気がついています」

 長人さんはクルミ拾いや山菜採りの他、近所の工務店でもらった廃材で、家にウッドデッキを作ってしまうような人だった。今岡さんは家が散らかるので嫌だったが、今この地での暮らしを始めてからは、物のいのちを生かし、自然に親しみ感謝する夫の生き方に、しみじみと感じるという。

自然と一つになる

 かつて長人さんが通い、今は今岡さんが住むこの家の敷地の林は、今岡さんが園長を務める生命学園(*3)の会場になっている。

「生命学園には新興住宅地のお子さんも多いので、川遊びをしたり、火を起こしてご飯を炊いたりして、子どもたちにとって原体験になるような自然の中での時間を、多く取り入れたいと思ったんです」

 今の子どもたちを見て思うのは、外で遊ぶのが苦手だということだ。ボールなどの遊具がないと、長く外で遊んでいることができないという。今岡さんの出身は島根県出雲市で、家のすぐ近くに日本海が広がっていた。夏は毎日のように水着のまま家から海に駆けだして、泳いだり、貝殻を集めてままごとをしたり、砂のトンネルを掘ったりして一日中遊んでいた。

自宅の庭で生長の家の友人たちと食卓を囲む

自宅の庭で生長の家の友人たちと食卓を囲む

 子どもたちに自然の楽しさをもっと知ってもらいたいと、今岡さんは一昨年(2017)の秋に三田市内で行われた、ネイチャーゲームリーダー養成講座(公益社団法人日本シェアリングネイチャー協会主催)に参加し、リーダーの資格を取得した。ネイチャーゲームとは、「シェアリングネイチャー(自然を尊重し、共に生きる)」の考え方に基づき、自然の持つさまざまな表情を楽しむ自然体験活動のことだ。

 講座では、森の中で仰向けになり、落ち葉で目元以外を覆って、15分ほど静かに自然を感じる時間があった。

「ふわりと甘い落ち葉の香りと温かさに包まれて、目の前には青空が広がっていました。その時ほど自然との一体感を強く感じたことはありません。『神・自然・人間は本来一つ』という生長の家の教えが、頭ではなく感覚で理解できた瞬間でした」

季節の移ろいの中で

上:手づくりのピザ、タラの芽の天ぷら、炭火で焼いたおにぎり。おにぎりには庭のカエデの葉を添えた/右下:小枝を燃料にして火起こし/左下:ピザは、内側にアルミホイルを貼り付けたダンボールオーブンで焼いた

上:手づくりのピザ、タラの芽の天ぷら、炭火で焼いたおにぎり。おにぎりには庭のカエデの葉を添えた/右下:小枝を燃料にして火起こし/左下:ピザは、内側にアルミホイルを貼り付けたダンボールオーブンで焼いた

 今岡さんには忘れられない光景がある。それは昨年(2018)の秋のこと。雨が続いたある日、庭のあちこちにいろいろなきのこが顔を出しているのを見つけた。その光景に、『神さまと自然とともにある祈り』(生長の家総裁・谷口雅宣著、生長の家刊)にある、「キノコやカビと友だちになる祈り」の、「神さまは、見えないところにもこんな仲間をたくさん用意して、生物同士がムダのない与え合いの関係をもちながら、豊かに育つ仕組みを造られました」(32ページ)という一節を思い出した。

「本当に、菌類は目に見えなくても一緒に生きている仲間なんだと感動しました。林の中で暮らし始めて、すべてのいのちがそれぞれの役割を持ちながら、与え合いの世界で生きていることを実感しています」

 朝、今岡さんは鳥の鳴き声で目を覚ます。鳥たちが奏でる美しいハーモニーに耳を澄ましていると、時間とともに違う種類の鳥が鳴き始めることと、その時間がいつも正確なことに気がついた。春は外に出ると太陽が明るく、冷え切った屋内とは対照的に、体の芯からほぐれるような暖かさに目を細める。ふいに野ウサギが庭を訪れ、蜂がせわしなく飛び交う。そんなありのままの自然の中で、動物も植物も、虫たちも、菌類も、みんなが一緒に暮らしているという優しい思いが、今岡さんの内に湧き上がってきた。

 林の中に落ちていたヒノキの枝を拾い、スプーンと箸を作ってみると、手に伝わる木の感触と香りに、何とも言えない懐かしさと愛着を感じた。夜、寝る前にカエルの鳴き声や虫の音を聴きながらクラフトをする時間は、心安らぐひとときだという。

「木を削り、形を整え、丁寧に磨いていると、夫がすぐそばにいて、一緒にクラフトをして喜んでいるような気がします。林のどこかにある、夫が実を拾っていたクルミの木も、早く見つけたいです」

 でも、これからしばらくは草刈りかしらと、笑う。今岡さんの生活はあるがまま。季節の移ろいと共にあるようだ。

*1 母親のための生長の家の勉強会
*2 生長の家のお経の総称
*3 幼児や小学児童を対象にした生長の家の学びの場