匿名体験手記|自分を認めてくれる優しさに触れて、 社会復帰への勇気が生まれる
消防士としての過酷な職場環境によりうつ病を患い、退職と引きこもり生活を経験した男性の体験記。生長の家の教えと地域の温かい支援に触れ、自分を受け入れ、社会復帰への希望を見出すまでを綴ります。
「連載|匿名体験手記」の記事一覧
No.182(5月号)
消防士としての過酷な職場環境によりうつ病を患い、退職と引きこもり生活を経験した男性の体験記。生長の家の教えと地域の温かい支援に触れ、自分を受け入れ、社会復帰への希望を見出すまでを綴ります。
No.181(4月号)
亡き妻の信仰と生長の家の教えに導かれ、人生の試練を乗り越えた70代男性の感動的な体験記。信仰がもたらす心の変化と、日々の感謝の大切さを綴ります。
No.176(11月号)
生長の家の教えを指針に、心臓病や長期の単身赴任などの人生の節目を乗り越え、感謝の想いで人の役に立つ生活を送る70代・男性の実体験を綴ります。
No.175(10月号)
管理職としての重責に押し潰されそうになりながら、生長の家の教えを実践して精神的に成長し、乗り越えた50代・男性の実体験を綴ります。
No.172(7月号)
高校3年生の夏、私は模擬試験を受けるため、会場の予備校に行きました。そこでたまたま話をした同級生は、福祉系の大学を志望して、ボランティア活動にもよく参加していた人でした。「人の役に立ちたい」と、熱を込めて語る彼の姿はとても大きく見え、強く心に残りました。バイオテクノロジーを学びたいと思っていた私ですが、彼に触発されて、研究室にこもる科学者になるよりも、人と接する仕事の方が視野が広がり、人間としても成長できるのではないかと思うようになりました。
No.171(6月号)
私の運命を変えたのは、平成4年10月、自分の不注意で起こした交通事故でした。当時の私は、家庭用品の卸売会社に勤務して4年目を迎え、得意先への商品の配送と営業を主な仕事にしていました。
No.169(4月号)
私が結婚したのは、中学校の常勤講師として働いていた平成26年、41歳のときでした。翌年、長男が生まれ、令和元年には教員採用試験に合格して正規の教員となりました。そして、その翌年、2人目の子どもである女の子を授かりました。待望の第2子でしたので、私も妻も幸せな気持ちで張り切って毎日を過ごしていました。
No.168(3月号)
私は機織業を営む家に、3男2女、5人きょうだいの4番目、三男として生まれました。兄や姉は戦後の混乱期に厳しく育てられたようですが、年の離れた私と弟は、兄や姉から可愛がられ、甘やかされて育ちました。病気らしい病気をしたことがなく、中学、高校ではバレーボール部に入り、持ち前の俊敏さで活躍するようになりました。高校のときはエースアタッカーとして期待されましたが、そのとき初めて挫折を味わいました。