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「気候変動は、私たちが長年親しんできた海にも大きな変化を及ぼすことが、様々な研究で示されています」と語る山本さん

山本智之(やまもと・ともゆき)さん
1966年東京生まれ。科学ジャーナリスト・朝日新聞記者。東京学芸大学大学院修士課程修了。朝日新聞記者として約20年間、科学報道に従事。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。水産庁の漁業調査船「開洋丸」に乗船して南極海で潜水取材を実施、また南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど、「海洋」をテーマに取材を続けている。朝日新聞大阪本社科学医療部次長、朝日学生新聞社編集委員などを歴任。海の生物や環境をテーマに講演活動にも取り組む。著書に『海洋大異変 日本の魚食文化に迫る危機』(朝日新聞出版)、『温暖化で日本の海に何が起こるのか 水面下で変わりゆく海の生態系』(講談社ブルーバックス)がある。

聞き手/遠藤勝彦(本誌) 写真/加藤正道

世界より高い日本の水温上昇率
サンゴ礁で進む白化現象

 
──温暖化と海というと、海面が上昇して水没の危機に直面する南の島や、南極海の棚氷(たなごおり)の崩壊といった“遠い場所の出来事”というイメージを抱きがちでしたが、ご著書『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)を読み、身近な日本の海に大きな変化が起きていることを知りました。

山本 人類の活動によって大気中の温室効果ガスが増加し、地球の表面積の7割を占める海洋においても、温暖化が進みつつあります。世界の平均海面水温は、この100年間で0.6度上昇していますが、日本近海の平均海面水温は、約1.24度と、世界平均の約2倍のペースで上昇しています。

──海面水温の上昇によってどのような異変が生じているんですか。

山本 たとえば2016年に、海の様子が何かおかしいという思いを抱かせる事件が、沖縄の海で起きています。それが大規模なサンゴの「白化現象」です。

 白化とは、高い海水温などの影響でサンゴが白っぽく変色し、衰弱してしまうことで、その年の夏から秋にかけて、沖縄県の石垣島と西表島(いりおもてじま)の間、東西約20キロ、南北約15キロに広がる日本最大のサンゴ礁域である「石西礁湖(せきせいしょうこ)」で、海底のサンゴが大量に白化してしまったんです。

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今年の6月16日、北海道知床半島の羅臼町、オホーツク沿岸に大量発生したホタテガイについて潜水取材をした

 サンゴ礁を形成するサンゴは、日本の海で400種余りが知られていますが、石西礁湖を含む八重山諸島には、このうちの360種超が分布しています。世界的に見ても、サンゴの種類が豊富な海域であり、日本が誇る“生物多様性の宝庫”なんです。テーブル状や枝状などのさまざまなサンゴが、折り重なるようにして美しい海中景観をつくり出し、たくさんの魚が集まってきて、多くのダイバーを魅了している場所です。

 この石西礁湖は観光資源として重要なだけでなく、豊かな海の幸をもたらしてくれる漁場でもありますし、島を取り囲むサンゴ礁には、高波から島を守る「天然の防波堤」としての機能もあります。サンゴは幼生期に海を漂い、流れ着いた場所の海底に着底して育つため、サンゴの数と種類が豊富な石西礁湖は、周辺の海域への幼生の供給源としても重要な場所です。
* 卵からかえった動物の子が、親と違う形をしている時の呼び方

 そうした貴重な石西礁湖のサンゴが、白化現象によって深刻な危機に見舞われたんです。

温暖化が進むことで深刻な白化現象の間隔が狭まる

 
──白化現象について、調査も行われたんですね。

山本 環境省が、石西礁湖内で継続的にサンゴの状態を調査しています。その結果、2016年7~8月の段階で、白化率は89.6%にのぼりました。ただし、白化現象イコール「サンゴの死」ではなく、いったん白化しても、水温が下がるなど環境条件が改善すれば、再び健全なサンゴに戻ることがあるんです。しかし、この年の11月末までに死滅したサンゴの割合は、70.1%に達しました。

 世界的に見ても、サンゴが置かれている状況はかなり厳しくなっています。オーストラリアや米国などの研究チームが科学誌『サイエンス』に発表した論文によると、温暖化によって深刻な白化現象が起こる間隔が狭まり、1980年代初めまでは25~30年に1回の割合でしたが、近年は約6年に1回と頻度が高まっています。これは、大量死を乗り越えて再生しようとしているサンゴが、その途上で、再び白化によるダメージを受けてしまうことを意味していて、今後、サンゴは減少の一途をたどるのではないかと懸念されています。

──深刻な白化現象が起きた直接の原因はなんですか。

山本 石西礁湖の場合、その年の6~9月にかけて30度を超すような高い海水温が続いた影響が大きいと考えられます。夏場であっても台風が来れば海水が上下にかき混ぜられて、海水温は低下するんですが、沖縄気象台によれば、石西礁湖を含む八重山地方は、この年の9月前半までほとんど台風が接近せず、高気圧に覆われて晴天の日が多く、海水温の高い状態が続いたことが要因です。

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白化現象が発生し、白っぽく変色した石西礁湖のサンゴ(2016年8月、環境省提供)

白化したサンゴ
サンゴが放つ“断末魔の輝き”

 
──石西礁湖やその周辺のサンゴ礁で大規模な白化現象が起きたのは、2016年が初めてですか。

山本 いえ、2007年にもかなり深刻な被害に見舞われ、私はその年の8月に、石垣島の沿岸で潜水取材を行いました。海底を覆うサンゴの多くは、本来、褐色や深緑色です。しかし、現場の海底に潜ってみると、色が抜けて真っ白になったサンゴの林が延々と広がっていて、直径が1メートルを超す大きなテーブル状のサンゴも、全体的に白いペンキを浴びたような姿になっていました。

 潜ってすぐ気づいたのは、海の中がボーッと明るい光に包まれていることでした。雪をかぶったように白くなったサンゴの林のせいで、海面から差し込む太陽の光が乱反射していたんですね。

 白化したサンゴは、真っ白なものばかりではなく、明るいブルーや淡いピンク色、レモン色のものもありました。まるでパステルカラーの金平糖のようになったサンゴたちの姿は、正直なところ、これまでに見たことがないような美しいものでした。

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サンゴを食い荒らすオニヒトデ(山本智之さん撮影)

 しかし、こうして白化した状態が長く続けば、サンゴの命はやがて途絶えてしまいます。息を呑むように美しく、明るい光に包まれた海中の光景は、死に直面したサンゴたちが放つ、“断末魔の輝き”のように私には見えました。

 2018年5月、環境省が行った、石西礁湖とその周辺のサンゴの状況調査では、海底を覆う生きたサンゴの割合が50%を占める良好な状態の場所は、石西礁湖のわずか1.4%しか残っていないという驚くべき結果が出ています。

──白化現象によってサンゴ礁の生態系が直面する問題とは、どのようなものですか。

山本 サンゴ礁の面積は、地球の表面積のわずか0.1%に過ぎませんが、そのわずかな面積に、約九万種を超す生物が生息していると言われています。生物多様性の高さから、サンゴ礁は「海の熱帯雨林」と呼ばれています。ですから、サンゴ礁の生態系の危機とは、生物多様性の危機そのものなんですね。

サンゴへのもう一つの脅威
オニヒトデの大量発生

 
──サンゴにとって、もうひとつ大きな脅威となるのが、オニヒトデの大量発生だそうですが。

山本 サンゴ礁には、さまざまな種類の生き物がいて、オニヒトデもその一つです。オニヒトデは小さなうちは、海藻の仲間の石灰藻類を食べます。ところが成長すると、好んでサンゴを食べるようになるため、大発生すると、サンゴは壊滅的な打撃を被ってしまうんです。

──オニヒトデが大量発生する原因は分かっているのでしょうか。

山本 生まれて間もないオニヒトデの幼生は、海中の植物プランクトンを食べていますが、人間が生活排水などをサンゴ礁域に流すことで、窒素やリンといった栄養塩が増えて植物プランクトンが増加します。それが幼生の生残率を高め、オニヒトデが大量発生する原因になっているという説が有力視されています。

 サンゴの白化現象を食い止めるには、地球温暖化に歯止めをかけることが不可欠ですが、人間活動に伴う海の「富栄養化」をできるだけ抑えるよう心がけることも、また大切だと思います。

1度の水温上昇にも敏感に反応する大阪湾の魚たち

 
──海水温の上昇によって、海の魚にも影響が出てきていると言われますね。

山本 その一例が大阪湾です。大阪のことを指す「なにわ」という言葉は、漢字では「難波」や「浪速」「浪花」といった表記の仕方がありますが、その語源は、「魚庭(なにわ)」だとする説があるのをご存じでしょうか。魚の庭、つまり「魚が多く獲れる場所」という意味で、大阪湾が古くから魚介類の豊富な海であったことを示しています。実際、大阪湾には、食用になる魚介類だけで230種が生息しています。

 この大阪湾の海洋環境や水産資源の調査・研究に取り組んでいる、大阪府立環境農林水産総合研究所の水産技術センターが、長年蓄積してきたデータを分析したところ、大阪湾の表層海水の温度(20カ所の平均値)は、過去45年間で1.01度上昇したことが確認されました。底層海水の温度上昇が0.85度であることから、表層海水の上昇幅がやや大きいのが分かります。

 大阪湾では海水温の上昇に伴って、比較的低い水温を好むアイナメの漁獲量が、1990年代半ばを境に激減しています。アイナメの産卵期は秋から冬ですが、近年、同湾では秋になっても海水温が高い状態が続きやすくなっているため、アイナメの資源量に何らかの影響を与えた可能性が考えられるわけです。

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「陸上で暮らす私たちにとって、海の中で起きている変化に気づくことは容易ではありませんが、海の異変は顕在化しつつあります」

 同センター主幹研究員の大美博昭さんは、「アイナメが減少した原因としては、乱獲などの漁業による影響よりも、海水温の上昇など環境変化のほうが大きいのではないか」と分析しています。

──その一方で、漁獲量が増えている魚もあるそうですね。

山本 対照的に、比較的温かい海を好むハモの漁獲量は、1990年代後半から急激に増加しています。ハモは、日本海・東シナ海側では佐渡から九州南部、太平洋側では福島県から九州南部に分布し、大阪湾の魚類の中では南方系の種とされているんですが、前出の大美さんは、「湾内の海水温の上昇が、ハモの分布に影響を与えた可能性がある」と指摘しています。

 大阪湾で明らかになった海水温の変化は、45年間で約1度です。しかし、海の魚たちは、1度の水温変化にも敏感に反応していると考えられるんですね。

和食を支える魚介類にも変化の波が押し寄せている

 
──日本人は魚介類の旬の移り変わりを通じて四季を感じてきましたが、海水温の上昇は、そうした季節感にも影響を与えますね。

山本 そうですね。日本が世界に誇る和食を支えてきたさまざまな魚介類にも、変化の波が押し寄せています。

 たとえば、魚偏に春と書く「鰆(さわら)」です。サワラは、瀬戸内海に春を告げる魚として長年親しまれてきました。

 サワラは暖海系の魚で、本来の漁獲域は東シナ海や瀬戸内海とされてきたんですが、1984~98年には、100~600トン台にとどまっていた日本海でのサワラの漁獲量が、2000年以降は、3000~1万2000トン台と桁違いに増加しました。

 日本海へのサワラの来遊には、海洋環境の10年単位の変動と長期的な温暖化の両方が影響していると考えられます。水産研究・教育機構の木所英昭さんは、「10年単位の海水温の変動は、過去にも繰り返されてきた。しかし、日本海でこれほど大量にサワラが漁獲されたことはない。温暖化によって海水温が底上げされたことが、日本海のサワラの増加につながったと見るべきだ」と分析しています。

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山本さんが書いた、オホーツク沿岸に大量発生したホタテガイの記事は、『朝日新聞』の1面に掲載された

──日本人になじみが深いサンマはどうなんですか。

山本 サンマは日本の沿岸から北米西岸沖にかけて、北太平洋の広い海域に分布し、外洋を回遊します。泳ぐのは海面下から深さ約20メートルまでが中心で、千島列島から産卵のために南下してくる群れが、日本近海で漁獲されます。

 例年、サンマ漁は、夏に千島列島沖から北海道沖で始まります。サンマの群れが南下するのを追って、漁船は三陸沖から房総沖へと移動し、12月頃まで漁が続くんですが、近年は不漁の年が目立ち、安くておいしい庶民の魚として長年親しまれてきたサンマの価格が高騰しています。

 かつては20万トンから30万トン前後で推移してきたサンマの水揚げ量は、2015年以降は10万トン前後に下落しました。2019年には前年比66%の減少となり、半世紀ぶりに最低を記録しています。

 不漁の主な原因としては、資源量そのものが減少したことと、日本近海の海水温が上昇してサンマの回遊量が減ったことなどが指摘されています。

寿司ネタのクロマグロ
出汁のコンブも危機的状況に

 
──そうすると、日本の食文化を象徴する寿司ネタにも変化が起きる?

山本 そうですね。その代表例が、希少さと価格の高さから「海のダイヤ」という異名を持つクロマグロです。東京大学大学院新領域創成科学研究科・大気海洋研究所の木村伸吾教授らの研究によれば、温暖化がこのまま進むと、クロマグロは深刻な影響を受ける可能性があります。

 そのポイントとなるのは、海水温の上昇と仔魚(しぎょ)の生存率の関係です。孵化直後のクロマグロの仔魚をさまざまな温度条件で飼育し、生存率を調べた結果、仔魚の生育に最も適した26度の条件では70パーセント程度の個体が生き残ったのに対し、それより3度高い29度では、ほとんどの個体が死滅しました。

 このことから木村教授は、「クロマグロの仔魚が育つのに適した温度帯は意外に狭い。主要な産卵場である南西諸島の海域でこのまま温暖化が進むと、今世紀中には産卵期の海面水温が3度ほど上昇する可能性があり、そうなるとたとえ親魚が産卵しても仔魚がほとんど成育できなくなり、クロマグロの資源量の減少につながる可能性がある」と指摘しています。

 成魚のクロマグロは遊泳能力が高く、水温環境の変化にも耐えることができます。その一方で、生まれたばかりの仔魚は高水温に弱く、海の温暖化の影響をダイレクトに受けてしまう恐れがあります。

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伊豆諸島の式根島で、潜水取材をする山本さん(山本智之さん提供)

──日本の「出汁(だし)文化」を支えているコンブはどうでしょうか。

山本 冷たい北の海で育つコンブは、暑さが苦手な海藻です。国内で漁獲される年間約4万5000トンのコンブの9割以上を、北海道産が占めています。

 しかし、北海道大学の研究チームが行った予測研究によりますと、このまま温暖化が進んだ場合、日本の沿岸に分布するコンブのうちいくつかの種類は将来、消滅してしまう可能性があります。

 コンブ類は、食用として重要なだけではなく、亜寒帯の沿岸域に「コンブ藻場(もば)」と呼ばれる茂みを形成し、さまざまな種類の魚類や甲殻類を育む“ゆりかご”の役割も担っています。コンブ藻場が衰退すると、沿岸の生物多様性の低下につながりかねません。

海洋生態系を脅かす海の酸性化という問題

 
──前掲のご著書で、海水温の上昇に加えて、海洋生態系を脅かすもう一つの問題として「海の酸性化」があることを知りました。

山本 人類の活動によって大気中に排出される二酸化炭素が増えることで、地球温暖化が進むわけですが、二酸化炭素が海に溶け込むと、海水の酸性化が進行してしまうんです。これが、いま注目を集めている「海洋酸性化」という問題です。

 とくに海の生き物たちにとって深刻なのは、酸性化によって海水中に含まれる炭酸イオンが減ってしまうことです。炭酸イオンは、貝類やウニ、サンゴなどの殻や骨格を構成する炭酸カルシウムの材料となるため、酸性化で海水中の炭酸イオンが減ると、これらの生き物が成長しにくくなったり、減少したりする可能性が出てくるわけです。

 さらに海洋酸性化が進むと、海洋が二酸化炭素を吸収する能力が弱まり、温暖化を加速させてしまうという悪循環に陥るのではないかと危惧されています。

“他人ごと”ではなく、“自分ごと”として向き合う

 
──海水温の上昇と海の酸性化という現状に、私たちはどう向き合っていけばいいんでしょうか。

山本 地球上に生命が誕生したのは、今から40億年ほど前のことだと言われています。それ以来、海は“命のゆりかご”として、微細な植物プランクトンから巨大なクジラまで、さまざまな生命を育んできました。

 海の面積は、約3億6千万平方キロメートルで、地球の表面積の71%を占め、地球上に存在する水の97%は海水です。大量の水を湛えた海は、どんな汚れでも薄めてくれそうですが、現実としては、微小なプラスチックによる汚染や海洋酸性化の進行に見られるように、海の能力にも限界があるわけです。加えて、かつては無尽蔵のように思われていたさまざまな水産資源が、乱獲によって危機的な状況に陥っています。

 世界の人口が80億人を超え、私たち人類はいま、海の生態系にかつてない大きな負担をかけるようになっています。私たちの命を支えてくれる豊かな海を、次の世代に伝えていくために何をするべきなのか、そして変わりつつある海と今後どう向き合っていけばいいのか。

 そうしたことについて、私たち一人ひとりが、“他人ごと”ではなく、自分の問題、“自分ごと”として考えていく必要があると思います。