伊藤勇次さんの人生を支えたのは、小学生の頃に参加した練成会*1で学んだ、「吾が魂の底の底なる神よ、無限の力湧き出でよ」という生長の家の言葉と神想観*2だった。長女が難病を患い、自身が肝嚢胞を発症したときも、その言葉を唱え、神想観を実修することで、神の子である私たちを生かそうとしてくれている神の愛を実感し、信仰を深めることができた。
*1 合宿して教えを学び、実践するつどい
*2 生長の家独得の座禅的瞑想法
伊藤勇次さん│66歳│愛媛県西条市
取材/原口真吾(本誌)

「山あり谷ありの人生ですが、困難にぶつかる度に、生長の家の無限力の教えと神想観に救われてきました」と語る伊藤さん(写真/髙木あゆみ)
夢が叶う魔法の言葉と神想観
伊藤勇次さんは生長の家を信仰する両親の下に生まれ、小学校5年生の夏休みに、初めて練成会に参加した。
そのときの印象をこう語る。
「『夢は必ず叶う』という講話で、夢を叶える〝魔法の言葉〟として、『吾が魂の底の底なる神よ、無限の力湧き出でよ』と唱え、神想観をしたらいいと教えてもらったんです」
当時、通信簿が1ばかりで成績をなんとか上げたいと思っていた伊藤さんは、この言葉を唱え、神想観をして勉強に励んだ。
「数カ月ほど実践すると、3学期にはオール5になったので驚きました。それ以来、私にとって〝魔法の言葉〟と神想観が、何かに挑戦するときに欠かせないものになりました」
ところが現実は厳しく、その後大学受験に失敗。ミュージシャンになる夢も破れて挫折し、何もする気力がなくなり、どん底の生活を味わった。飲食店で雇われ店長をしていた際、たまたま店を訪れた、生長の家を信仰する啓子さんと知り合って結婚した。
「それまでは自暴自棄の生活をしていたんですが、家族という守るものができたため、生活費を得ようと、妻が紙粘土で作ったブローチを行商で販売するようになったんです。『夢は必ず叶う』という信念のもと、一軒一軒家を訪問するなどして、がむしゃらに働いた結果、店を3つも持つことができました」

そんなあるとき、小学5年生の長女が、国が指定する難病の潰瘍性大腸炎になった。藁をも掴む気持ちで夫婦揃って神想観を実修し、聖経『甘露の法雨』*3を読誦して長女の実相*4を祈った。すると医者が「奇跡です」というほど病状が改善し、手術も成功して、7年間の闘病生活にピリオドを打つことができた。しかし、それで終わりではなかった。
*3 生長の家のお経のひとつ。現在、品切れ中
*4 神によって創られたままの完全円満なすがた
「看病中も、夫婦で笑いの練習*5をして、明るい前向きな気持ちを保つ日時計主義*6の生活を実践したおかげだと感謝していた矢先、突然、長女の病状が悪化して意識もなくなって、再入院することになったんです」
*5 笑うことによって、心を明るくし、心身を健康にするために行う練習
*6 日時計が太陽の輝く時刻のみを記録するように、人生において光明面のみを見る生き方
長女のベッドの傍で祈っていたとき、伊藤さんは、長女の口が小刻みに動いていることに気づいた。耳を当てて聞くと、「吾が魂の底の底なる神よ、無限の力湧き出でよ」と言っていることが分かった。
「長女はその言葉通り、自ら無限の生命力を発揮して命の危機という峠を乗り越え、回復することができたんです。それを見たとき、子どもの頃から長女を、生命学園*7や青少年練成会に参加させてきてよかったと思いました」
*7 幼児や小学児童を対象にした生長の家の学びの場

「園長を務めている生命学園では、子どもたちから教えられることがたくさんあります」(写真/髙木あゆみ)
「ああ、生かされている」
時は流れ、令和6年5月、今度は伊藤さん自身が肝嚢胞という病を患った。
「高熱が続いて受診したところ、肝臓にできた袋状の病変(嚢胞)に細菌などが入り、感染症を起こしていると分かったんです。抗生物質を処方してもらったのですが、効果がありませんでした」
食事が摂れず、点滴だけで過ごす日々が続いた。しかし、「今こそ信仰を深めるときだ」と気を取り直し、「吾が魂の底の底なる神よ、無限の力湧き出でよ」と唱え、神想観を実修して過ごした。そのとき、ふっと心に浮かんだのが、「菌類とも和解する」ということだった。
「病をもたらしている菌類も、実相においては神の創造物だったと分かったんです。調和の心を起こせば、私を害するものは何もないと改めて思い、それからは、動物、植物、菌類、鉱物、天地一切のいのちに感謝する祈りに変わりました」
それにつれて熱が下がっていき、2週間ぶりにお粥を食べることができた。椀の蓋を開け、お米の優しい香りが漂ってきたとき、「ああ、生かされている!」と感じ、涙が止まらなくなったという。
「太陽や水の働き、米を育ててくれた農家や食事を用意してくれた人、すべてが自分を生かすために現れているように感じられたんです」

入院したのは、地元西条市の一大イベントである「西条まつり」の直前で、祭用品を扱う伊藤さんの店は危機に直面したが、啓子さんや2人の息子が支えてくれた。家族こそこの世で一番かけがえのない存在だと改めて感じた伊藤さんは、退院後、いつも傍で支えてくれた啓子さんに指輪をプレゼントした。
伊藤さんは、少し照れながら、こう振り返る。
「結婚するときに周囲から強く反対されましたし、その上、当時は貧乏で、結婚指輪も買ってやれませんでした。それまでのお詫びと、そしてこれからの感謝の気持ちも込めて指輪を贈ったんです。結婚46年目の、私から妻への新たなプロポーズでもありました」
長女の体験を通して、小さい頃から生長の家の教えに触れ、「人間は神の子であって無限の力を持っている」と学ぶことが、未来を担う子どもたちへの〝最高のプレゼント〟だと確信した伊藤さん夫婦は、平成14年から生命学園の園長、副園長を務め、子どもたちに惜しみない愛を注いでいる。

妻の啓子さん、次男夫婦に生まれた孫で長女のNちゃん、次女のKちゃんと(写真/髙木あゆみ)





