日本ではかつて、結婚することが当たり前というのが一般的でした。しかし現代では、その意識は薄れつつあります。
こども家庭庁の資料によると、50歳時の未婚割合は、1980年には、男性2.60パーセント、女性4.45パーセントでしたが、2020年には男性28.25パーセント、女性17.81パーセントに上昇しています。
結婚が当たり前とは限らない現代だからこそ、結婚の意義について生長の家の教えに基づいて考えてみましょう。
人生は実相を表現する舞台
生長の家では、人間が感覚器官で捉える世界を「現象」、神が創造された円満完全な世界を「実相」と呼びます。そして、私たちの人生は、実相の完全性を現象に表現する舞台であると説いています。
この実相と現象の関係は、楽譜と楽曲にたとえることができます。楽譜は音程やリズムなどを正確に記していますが、楽譜自体が楽曲ではありません。演奏者が表現して初めて楽曲となります。実相の完全性も、私たちの日々の生き方を通して現象に表れます。
人生とは、実相の完全性を具体的な行動として表現していく舞台なのです。

結婚は表現の舞台の一つ
では、その実相の完全性は、結婚生活においてどのように表現されるのでしょうか。
たとえば一人暮らしでは、自分の都合を優先して生活できます。しかし結婚すると、相手を理解し、時には譲ることも必要になります。
私は結婚して11年になりますが、新婚当初は些細なことで妻と喧嘩をしていました。その後、妻と対話を重ねる中で、私に思い込みがあり、物事にはさまざまな見方があることに気づかされました。夫婦の営みの中で、自分一人では見えなかった完全性を実感したのだと思います。
夫婦は互いを尊重し、意見の違いや困難に直面しながらも、理解し、感謝し、支え合うことで実相の完全性を表現していきます。特集ルポのA.M.さんは、次のように語りました。
「一人で弾くピアノも楽しく、美しい音が出るように、一人で生きる人生も素晴らしいです。一方で、二人や三人で連弾をすると、一人では奏でられない音の響きが生まれます」
このように結婚生活では、夫婦だからこそ表現できる実相の完全性があります。ただしそれは、結婚だけに限りません。結婚は人生という表現の舞台の一つであり、職場や学校、地域、友人との関わりもまた、実相の完全性を表現する舞台だからです。
谷口雅宣・生長の家総裁は、『日々の祈り』*のなかで次のように説かれています。
* 生長の家刊
神さまの御心を生きるのが、神の子・人間の使命です。知恵と愛と命あふれる生活を送ることが、私の使命であり、生き甲斐です。人生は、神の子の表現の舞台です。この舞台があるからこそ、私は自己内在の神性・仏性を表現し、すべての人々とともに、すべての生物とともに、喜びを分かち合うことができます。(11ページ)
結婚を選んだ人には、夫婦だからこそ表現できることがあります。一方、結婚していない人にも、その立場でしか表現できないことがあります。
大切なのは、自分が今立っている人生の舞台で、実相の完全性を表現しようと努力し続けることです。読者の皆様がそれぞれの舞台で輝けるよう願っています。
金沢健二
生長の家本部講師補
1女1男の父。趣味はカメラを持って子どもと散歩すること。大切な人の日常を写真や映像として残すことに喜びを感じている。





