Q 私は人の顔色や言動を気にするあまり、自分を見失ってしまうようなところがあります。
いつも、私はこれでいいのか、こういう生き方は正しいのか、こんな私は人から受け入れられるのだろうかなどと考えて、結局、自分は価値がない人間だと思ってしまいます。
どうしたら他人に影響されず、自分は自分だというような毅然とした生き方ができるでしょうか。(G・S、33歳、男性)

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回答者:金内崇幸(かなうち・たかゆき) (生長の家本部講師)

回答者:金内崇幸(かなうち・たかゆき)
(生長の家本部講師)

A 自分を価値ある人間だと認めることから始めて下さい

私も30歳前後の頃に、よく似た悩みを抱えていました。
職場で、常に物事の中心にいて、毅然とした態度でリーダーシップを発揮している人と、人の意見に左右されてばかりいる自分を比較しては、劣等感に陥っていたのです。
ですから、自分の信念を貫き、多少のことでは動じない毅然とした生き方のできる人になりたいというあなたのお気持ち、とてもよく分かります。

一方で、あなたが短所と思っていることも、見方を変えれば、人の意見を尊重できる、相手の気持ちを汲み取れるといった長所にもなり得ます。
また、毅然としているように見える生き方をしていても、自分の考えに過度に固執してしまえば、周囲と対立したり、孤立してしまうこともあります。

ですから、大切なことは今の自分にないものを外から付け加えたり、自分以外の何者かになろうとするのではなく、自分自身を、人や社会の役に立つことのできる価値ある人間であると心で認め、それを少しずつでも表現していくことではないかと思います。
自分をそのような人間であると信じることができれば、自然に自分の意見や生き方にも自信が持てるようになり、過剰に人の目を気にすることも少なくなっていき、結果的に自分の信念に従った生き方に近づいていくに違いありません。

生長の家では、「すべての人間は、素晴らしい善性と、その人だけの個性を持って生まれた尊い存在である」と説いています。
そして、自己に内在する素晴らしさを心で認め、表現するための方法として神想観(*1)の実修、感動したことや嬉しいことなどを記す『日時計日記』
(生長の家白鳩会総裁・谷口純子監修、生長の家刊)を活用すること、どんな小さなことでも人や自然のためになる愛行(*2)をお勧めしています。
ぜひ、できることから実践してみてください。

*1=生長の家独得の座禅的瞑想法
*2=普及誌頒布などの愛の行い

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