イラスト/ろぎふじえ

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 日本国憲法が、国民の基本的人権を保障していることはよくご存じでしょう。では、人権とはそもそも何かと問われたら、どう答えればよいでしょうか?

 人権は、「人が生まれながらに当然にもつ権利」「人間が人間として生きて行くために不可欠の権利」などと説明されます。このような権利は、18世紀の市民革命の激流の中で確立されてきたもので、「自然権」とも呼ばれます(*1)。

 歴史上初めての人権宣言といわれるアメリカ独立革命期の「ヴァージニア権利章典」(1776年)は、「すべて人は生来(せいらい)ひとしく自由かつ独立しており、一定の生来の権利を有するものである」と記しています。また、フランス革命期の「人および市民の権利宣言」(1789年)は、「あらゆる政治的団結の目的は、人の消滅することのない自然権を保全することにある。これらの権利とは、自由、所有権、安全および圧政への抵抗である」としています(*2)。

 つまり、人権とは元をたどれば宗教の自由や言論・出版の自由であり、財産を不当な税金などの形で搾取(さくしゅ)されない所有権の保障であり、法律の定めによらなければ逮捕・処罰(しょばつ)されることのない身体の自由のことだったのです。このような考え方は、現在ではごく当たり前のことと思われるでしょう。しかし、革命の担い手であった市民たちにとっては、すべては現実的で生死にも関わる切実な要求だったのです(*3)。

 とはいえ、それがいかに切実な要求であったとしても、限られた市民にとってではなく、すべての人間に必要なことであると認められなければ、人権とはいえません。それを理論化して示した代表的な思想家が、イギリスのジョン・ロック(1632─1704)です。ロックは、各人の生命は神から与えられたものであり、自由は生命を守るための不可欠な条件、所有物は生命を自由に用いた働きによって各人が得たものとして、人間の生存に不可欠な固有の権利と位置付けました(*4)。

 また、人権とは何かという考え方は、その後の歴史とともに発展していきました。例えば、19世紀末から20世紀にかけて資本主義が拡大するとともに、大企業が市場を支配し、その独占的な利潤(りじゅん)の追求の下で、労働者は低賃金や劣悪な条件での労働を強(し)いられるようになりました。そのことが、独占(どくせん)資本の自由な活動への規制を求める運動を生み、社会保障や労働者を保護する制度の整備につながっていきます。このような過程を経て、労働基本権を含む社会権が、新たな人権と考えられるようになったのです。日本国憲法もこうした歴史の流れに立ち、経済的自由を「公共の福祉」による制限の対象とするとともに、社会権を27条等で保障しています(*5)。

 このように、人権とは権力者によって国民の財産や自由や生命さえもが侵害(しんがい)されてきた歴史の中で培(つちか)われてきた考え方であり、国民の人権を憲法によって権力の暴走から守るという立憲主義のあり方は、人類共通の英知の結晶であるといえるでしょう(*6)。

 日本国憲法の12条には、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」と定められています。人権を守ることは、不断の努力を要する私たち国民の努めであり、人類の歴史の教訓を受け継ぐことでもあります。私たちは自身の人権を侵害されることを決して許してはならないのです。

参考文献 


*1=浦部法穂著『世界史の中の憲法』共栄書房、p.29
*2=同書、同頁 *3=同書、pp.30-31
*4=同書、pp.37-39 *5=同書、pp.46-48
*6=谷口雅宣監修『 “人間・神の子”は立憲主義の基礎』(生長の家、2‌0‌1‌6年)、pp.75-76