イラスト/ろぎふじえ

イラスト/ろぎふじえ

「平和安全法制」(いわゆる「安保法制」)は2015年9月19日に可決・成立し、同月30日に公布されました。それに先立って2014年7月1日には、安倍首相が記者会見を行い、新しい安全保障法制の整備のための基本方針を閣議決定したと発表しました。同会見では「万全の備えをすること自体が日本に戦争を仕掛けようとする企(たくら)みをくじく大きな力を持っている。これが抑止力です」と説明し、記者の質問に対して次のように答えています。

 段々安全保障環境が厳しくなる中において、正にそうした切れ目のないしっかりとした態勢を作ることによって、抑止力を強化し、そして全く隙のない態勢を作ることによって、日本や地域はより平和で安定した地域になっている、そう考えたわけでありました。

 安全保障環境が厳しくなっている例として、政府は大量破壊兵器や弾道ミサイル等の軍事技術が高度化・拡散していること、また北朝鮮が日本の大部分をノドンミサイルの射程に入れていることや核開発も行っていることなどを挙げています。日本の2017年度防衛予算は前年度当初比1.4%増の5兆1,251億円となり、5年連続の増加で過去最高を更新しました。これは北朝鮮の核・ミサイル開発や中国の海洋進出に対応するためで、弾道ミサイルに対処するためのイージス艦搭載迎撃ミサイルの取得や、中国の海洋進出に備えた水陸両用車の調達などが盛り込まれました。

 さて抑止とは、相手に対して報復の脅(おど)しをかけたり、自国の防御を固めたりすることによって、相手に攻撃を思い止(とど)まらせ、自国への攻撃を未然に防ぐことです。しかし、抑止がその効果を上げるためには、相手に「先に攻撃されることはない」という安心を与えることが必要です。軍備を拡張して強硬な姿勢を示すだけでは、かえって逆効果となることもあります。

 例えばイスラエルのバビロン作戦(1981年)はその一つです。これはイラクで建設中だった原子力施設を破壊するために実施した航空攻撃作戦ですが、イスラエルはイラクが近い将来核攻撃を仕掛けてくるだろうと予測し、先制攻撃を行ったのでした。こちらが攻撃しなければ相手から攻撃されることはない、という信頼関係がなければ、いくら防衛目的で軍備を増強しても、相手国は信用しないということです。

 もし、北朝鮮や中国に対して、日本の政権がその抑止政策として軍備を増強すれば、双方互いに軍拡競争を延々と繰り返す「安全保障のジレンマ」に陥(おちい)るでしょう。そのような中で日本の政権が頑(かたく)なに不信感や敵対心を持ち続けることになれば、相手国からの信用が得られず、イラクのように、かえって紛争の原因を自ら作り出す事になりかねません。これでは「自国への攻撃を未然に防ぐこと」にはなりません。そうならないためには、相手に安心を与えるという側面を兼ね備えることが抑止政策には必要です。この安心供与がなければ、安倍首相が述べる「万全の備え」は万全であるとは言えないのです。

参考文献 
●谷口雅宣監修『誌友会のためのブックレットシリーズ3‌ “人間・神の子”は立憲主義の基礎──なぜ安倍政治ではいけないのか?』(生長の家、2‌0‌1‌6年)
●植木千可子著『平和のための戦争論──集団的自衛権は何をもたらすのか?』(ちくま新書、2‌0‌1‌5年)