A ナチスは、ワイマール憲法の「国家緊急権」を悪用して、独裁体制を築きあげました

 前回は、自民党憲法改正草案に明記された国家緊急権(戦争や大規模災害などの非常事態において、国家の存立(そんりつ)のため、国家権力が憲法秩序を一時停止し、非常措置をとる権限)を規定する「緊急事態条項(きんきゅうじたいじょうこう)」の創設について、その危険性に触れました。それは、「非常事態」という名目(めいもく)のもと、緊急事態条項が国家権力者に濫用(らんよう)され、憲法が無力化されるおそれがあるからです。歴史上、憲法の緊急事態条項が悪用されたケースの一つに、ナチスの独裁がありました。

ワイマール憲法とナチス

 第一次大戦後の1919年、ドイツで制定されたワイマール憲法は、主権在民や男女の普通選挙を規定するなど、当時最も民主的な憲法でした。ところが、1929年に起こった世界恐慌(せかいきょうこう)による社会不安や経済的苦況の中、支持を広げたヒトラー率(ひき)いるナチスが1932年に議会で第1党になり、翌年ヒトラーが首相となります。

イラスト/石橋富士子

イラスト/石橋富士子

 ヒトラーは同年、大統領に要請して国会を解散させ、総選挙直前、国会議事堂放火事件を口実に、大統領を動かし「大統領緊急令」を布告させて、反政府活動を防止できるようにしました。それを可能にしたのが、ワイマール憲法第48条にあった国家緊急権(大統領非常措置権)でした。これは国家の緊急事態に際し、大統領が憲法の定める基本的人権の一部または全部を一時停止して、緊急措置を行えるというものでした。

 それにより抵抗勢力を弾圧したナチスは、憲法に拘束(こうそく)されない無制限の立法権を政府に与える「授権法(じゅけんほう)」(全権委任法)を議会で成立させます。これは、政府のみで法律を制定することができ、その法律は憲法に違反してもよいとするものでした。

 翌1934年、大統領が亡くなると、ヒトラーは大統領と首相の権限を兼ねた「総統(そうとう)」に就任し、短期間のうちに独裁体制を確立させます。ワイマール憲法に書かれた緊急事態条項が、それを許したとも言えるのです。