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菖蒲を眺めて、「今はただ、懐かしく母を想うだけです」とYさん。自宅からほど近い公園で

Y.M.さん│80歳
取材/原口真吾(本誌) 写真/髙木あゆみ

悪寒と動悸が止まらない


 昭和58年、義母の葬儀を終えて間もなく、Y.M.さんはある症状に悩まされるようになった。

「義母が生前使っていた持ち物に触れると、悪寒と動悸が止まらなくなるんです。そんな私を心配した生長の家信徒の姉が、生長の家宇治別格本山(*1)に神癒祈願(*2)を依頼してくれたため、肌身離さずに持っていれば癒しが実現するという人型のお守りが送られてきました」

 人型を手にすると不思議に悪寒も動悸も治まるが、持っていないとすぐ元に戻ってしまうので、体から離さないようにしていた。

 そんな平成8年、25歳の長男に異変が起きた。急に目つきが悪くなり、落ち着きがなくなって食事も満足にとらず、仕事も休むようになった。突然の変わりように驚き、心配になって姉に相談すると、生長の家総本山(*3)に神癒祈願をお願いしなさいとアドバイスされた。

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 祈願をお願いするにあたって、長男の状態を手紙に詳しく書くとともに、自分とも何か関係があるかもしれないと思い、義母とのいきさつ、義母の持ち物に触れると起きる症状についてしたため、総本山に送った。

 しばらくして総本山から、「大調和の神示」(*4)にある「天地一切のものとの和解が成立するとき、 天地一切のものは汝の味方である。天地一切のものが汝の味方となるとき、天地の万物何物も汝を害することは出来ぬ」という言葉と共に、「和解の神想観(*5)を行って霊界の義母さんに感謝してください」という手紙が届いた。

「義母に感謝するなんてできないと思いましたが、これで症状がなくなるのならと、必死の思いで『私はあなたを愛しています。あなたも私を愛しています』と唱え続けました」

 神癒祈願を依頼したことで長男への心配が和らぐと、いつの間にか長男は元の姿に戻り、職場に復帰することができた。

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趣味はジャム作り。バラの花をはじめ、4種類のジャムをふんだんに使ったお手製ケーキを手に

自ら命を絶った実母と義母


 Yさんは昭和45年、27歳の時に結婚した。生活が落ち着いたら両親と同居し、脳卒中の後遺症で左半身に麻痺が残った父親の面倒を見る予定だったが、突然、義父母との同居話が持ち上がり、夫の顔を立てるため諦めなければならなくなった。

 残念がる両親に心を痛め、お世話に通おうとしたが、義母は「あなたはもう、この家の人間なのだから」と許してくれなかった。夫に相談しても、義母のことになると貝のように口を閉ざしてしまうのだった。

 昭和48年には、実家の父親が再び脳卒中で倒れ、老人ホームに入居することになった。独り暮らしに不安を覚えた70代の母親は、Yさんとの同居を希望したが、義父母の手前叶わず、長男夫婦のもとに身を寄せた。しかし、母親と兄嫁は以前から折り合いが悪かったため、心を病んだ母親は、昭和51年1月、近くの池で入水した。

「凍てつく冬の朝、連絡を受けて兄の家に行くと、担架に乗せられた母の亡骸が見えました。それから『母を死に追いやったのは私だ』という思いに苛まれるようになったんです」

 その4年後、前から義父に不満を抱えていた義母が、離婚したいと家を出て義姉と暮らすようになった。3年後に義父が亡くなると、義母は家に戻りたいと言い出したが、唯一の理解者であった義父がいない状況での同居は、とても耐えられないと思い、Yさんは承諾しなかった。すると悲観した義母は、焼身自殺でこの世を去った。

「義母は私を恨んでいたと思いますし、私も自分の両親のお世話を許してくれなかった義母にわだかまりを持っていました」

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霊界の義母と和解する


 そんな義母にもせめて感謝できるようになれないかと思い、総本山から指導された和解の神想観を続け、『生命の實相』(生長の家創始者・谷口雅春著、全40巻。日本教文社刊)を読んで教えを学ぶようになった。

「『人間は神の子であり、現象の奥に完全円満な実相(*6)がある』という言葉に触れたときは、魂が震えるような感動を味わいました」

 義母も「神の子」だったのに、感謝することができず申し訳なかったと思えた時、孤独で寂しかったんだと義母を思いやる気持ちが生まれた。そして「赦(ゆる)せない」という思いは、「赦したい」「赦してください」という思いに変わった。

 ある日、神想観をしていると、合掌している手が自分のものではないように思った。その時、「あっ、これは義母の手だ!」と直感した。

「義母も霊界で一緒に祈ってくれているんだと分かった気がして、義母と和解できたという思いになりました。それから、悪寒と動悸に悩まされることがなくなったんです」

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過去から解放され、自宅での菜園づくりに、生長の家の仲間との伝道活動に、充実した日々を送っている

実母への罪悪感から解放される


 しかし一方で、実母への自責の思いは心の中でくすぶり続けていた。

「浄心行(*7)で胸の内を吐き出し、『人類無罪宣言』(谷口雅春著、楠本加美野編。日本教文社刊)を紙に書き写して、善一元の神が創造した世界に罪は存在しないんだと、罪の意識を浄めようとしましたが、なかなか拭えませんでした」

 誰にも相談できないまま40年以上が過ぎたが、昨年、実相を見つめることで病気を克服したという信徒の体験談を聞いていた時、過去という現象にいつまでも囚われている自分に怒りが込み上げてきた。

「過去は、それを思い出している時にしか存在しない幻のようなものなのに、ぐちぐちと思い出していつまで悩んでいるんだろうか。『過去はない、今を生きろ!』と自分を一喝した時、自責の思いが消え、過去を完全に放つことができました」

 Yさんはかみしめるようにそう話すと、「今は、私を生み育ててくれた母に感謝の思いで一杯です」と付け加えた。


*1=京都府宇治市にある生長の家の施設。宝蔵神社や練成道場などがある
*2=神の癒しによって、問題が解決するように祈ってもらうこと
*3=長崎県西海市にある生長の家の施設。龍宮住吉本宮や練成道場などがある
*4=生長の家創始者・谷口雅春先生に下された言葉
*5=相手を赦し、愛し、感謝できるようになるために実修する神想観。神想観とは、生長の家独得の座禅的瞑想法
*6=神が創られたままの完全円満なすがた
*7=過去に抱いた悪感情や悪想念を紙に書き、生長の家のお経『甘露の法雨』の読誦の中でその紙を焼却し、心を浄める行