世界的なゴリラの研究者であり、40年以上にわたって人類の起源を探り続けてきた、霊長類学・人類学者の山極壽一さんに、ゴリラの生態から学ぶ人間のあるべき姿や、現代人が取り戻すべき共感力とは何かなどについて聞いた。

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総合地球環境学研究所の所長室で、「ゴリラは、対立しても相手を無理やり自分の側に引き寄せようとするのではなく、相手の側に立って打開策を考えるという抑制力をもっているんです」と語る山極さん(撮影/堀 隆弘)

山極壽一(やまぎわ・じゅいち)さん
1952年、東京生まれ。京都大学理学部卒業。霊長類学・人類学者。総合地球環境学研究所所長、前京都大学総長。ゴリラを主たる研究対象として人類の起源を探り、アフリカなどで実績を積む。国際霊長類学会会長、国立大学協会会長、日本学術会議会長などを歴任。著書は『暴力はどこからきたか 人間性の起源を探る』(NHKブックス)、『「サル化」する人間社会』(集英社インターナショナル)、『ゴリラからの警告』(毎日新聞出版)、『京大総長、ゴリラから生き方を学ぶ』(朝日文庫)、『スマホを捨てたい子どもたち』(ポプラ新書)など多数。


文化も言葉もない時代の人間の暮らしを知りたい

──なぜ、ゴリラの研究をされるようになったのか、そこに至るまでの経緯からお話しいただけますでしょうか。

山極 私は高校時代から、「人間とは何か」ということに大きな疑問を持っていました。その疑問を引きずったまま1970年に京都大学の理学部に入ったんですが、勉学だけでなく日本各地を旅していろんな人と付き合い始めてから、自由な考え方ができるようになり、少し別の角度から世界を見ることができるようになりました。

 スキー部にも入っていたため、信州の鬱蒼とした樹林の中でノルディックスキーをしたりすることで、都会とはまったく違う自然があることも知りました。クマやサル、カモシカといった野生動物が闊歩する大自然の中では、人間は小さな存在であることにも気づき、「人間は自然の中で一番えらいわけではなく、いろいろな動物の中で人間として進化してきた一つの種にすぎないんだ」ということもだんだん分かってきたんです。

──「人間とは何か」という考え方が次第に広がっていったということですか。

山極 そうですね。人間が他の動物と異なるのは、文化を持っているということですが、初めから文化を持っていたわけでも、言葉を話していたわけでもなく、それ以前の姿があったはずなんです。 

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 そうした時代の人間は、一体、どんな暮らしをしていたのか、その頃の社会のあり方を知りたいと思うようになりました。その頃に出合ったのが、進化史的、系統的に近い種であるゴリラやオランウータン、チンパンジーなどから人間の過去を類推する霊長類学でした。

 人間が何を食べ、どれほどの規模の群れをつくり、どのような社会をつくっていたのか。人間がまだ言葉を話さなかった頃のことを、サルやほかの霊長類を研究することで、化石には残らない人間の行動や社会を再現し、人間の由来を探るというのが霊長類学というものなんです。

──最初に調査された霊長類はなんだったんですか。

山極 ニホンザルです。現代に生きているサルを知ることが、太古の人間を知る近道であると大学で教えられ、「これは面白い!」と思いました。

 日本には、全国各地にニホンザルがいますが、その中でもっとも惹かれたのが、鹿児島県の屋久島にいるニホンザルでした。自然に近い場所で暮らしていて、自然の中にいるサルって、こんなにも美しいのかと魅了されました。

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京都市北区の自然豊かな場所にある、総合地球環境学研究所のテラスで(撮影/堀 隆弘)

 調査を始めてからニホンザルに警戒されなくなるまで、5年くらいかかりましたが、サルたちは、私が一緒に歩いても全然気にしなくなりました。それから彼らの行動を覚え、その声を真似てサルのように振る舞い、コミュニケーションを成立させ、その中で彼らがつくり上げている社会を知ろうとしました。

 しかし、そこで私は限界を感じたんですね。というのは、ニホンザルのように振る舞うことはできるんですが、彼らは私をサルと思ってくれないんです。そもそも体が違い過ぎるし人間のほうが大きく、知性もまったく違うわけですから。

 彼らの興味の範囲内では、人間に親和的な行動も取りますが、それ以上の関係はつくれないことが分かったんです。群れの中に入って、彼らの気に障らないよう行動できるようになっても、仲間と認知してくれることはありませんでした。

恩師の一言でゴリラ研究に転じ、単身コンゴ共和国に渡る


──そこからゴリラとの縁が生まれたということでしょうか。

山極 ええ。指導教員の伊谷純一郎先生(*1)から、「おまえは身体がでかいからゴリラを研究してみたらどうだ」と勧められたんです(笑)。そのひと言がきっかけで、ゴリラを研究してみようと思い立ち、早速、京都市動物園にゴリラを見に行きました。

 当時、この動物園にいたマックというオスのゴリラは、私などより顔も手も身体も大きい分、サルに比べると動作がゆっくりしていました。

 サルは仲間のサルにも人間にも素早く反応し、威嚇してみせたり、近寄って毛繕いしたり、あるいは怖気づいたりと、少しもじっとしていないんです。ところがゴリラはまったく違い、どしっと座って腕を組み、じっとこちらを見つめたりします。何より違ったのが、サルとの遭遇には常に緊張感があったのに対して、ゴリラは人間との出会いをどこか楽しんでいるように見えたことです。ゴリラはどんな性格をしているんだろうと、ますます興味が膨らみました。

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ヒガシローランドゴリラ(写真提供:山極壽一さん)

──サルとは違うゴリラの性格に惹かれたんですね。

山極 それで、1978年、ゴリラを研究するために、単身アフリカのコンゴ共和国に渡りました。霊長類学者の加納隆至さん(*2)が、チンパンジーとその仲間であるピグミーチンパンジーの調査隊をコンゴに送るというので、その仲間に加えてもらい、一緒に首都のキンシャサまで行ったんです。

 それから一人で、コンゴ盆地の東に聳(そび)える、220頭あまりのゴリラが暮らしていたカフジ山(3308メートル)に調査に向かい、山を登ったり下りたりしながら、そこに棲むヒガシローランドゴリラの足跡を追いました。

 ゴリラが歩いた跡は草が倒れているので、草の向きを見れば行き先が分かるし、辺り一面の草が倒れていれば、そこで休憩したことが分かります。三角のおむすびをつなげたようなフンを見つけては割って、何を食べたか調べたりもしました。

 来る日も来る日もゴリラの後を追っていたある日、ようやくゴリラに遭遇しました。その時は、背中の白い、シルバーバックと呼ばれるオスに、大きく吠えられて威嚇されたんですが、興味津々だった私がなお近づこうとすると、突進してきて倒されてしまいました。その迫力と威厳に圧倒されたことを、今でもはっきりと覚えています。

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アフリカのルワンダとコンゴ共和国の国境にまたがるヴィルンガ火山群で、マウンテンゴリラの調査をする山極さん(写真提供:山極壽一さん)

──衝撃的な出会いですね。

山極 それでも何度か出くわすうちに、威嚇はされても攻撃はされなくなり、彼らの後をついて歩けるようになったんです。ただ、この地のゴリラは、まだ人に慣れていなかったので、10~20メートルより近くに接近させてくれることはありませんでした。

 そこで、映画『愛は霧のかなたに』のモデルになったアメリカの霊長類学者、ダイアン・フォッシー博士が研究していたフィールドの、カフジ山から200キロほど離れた、ルワンダとコンゴの国境にまたがるヴィルンガ火山群に場所を変えたんです。

言葉を超えたゴリラのコミュニケーション能力


──そこにはどんなゴリラがいたんですか。

山極 ここで暮らしていたのは、マウンテンゴリラです。標高3000メートルを超える高地なので、ヒガシローランドゴリラよりも毛が長くふさふさしていて、体つきも丸っこいんです。

 森の中のテントに寝泊まりし、朝早く起きてゴリラに会いに行き、夕方戻ってくるという生活を続けました。フォッシー博士が行った“人付け”のおかげで、2カ月ほどでゴリラが私の身体に触れてくれるまでになりました。

 そういう体験を通して分かってきたのは、動物同士のコミュニケーションは、基本的に「受け入れる」か「拒否するか」であり、お互いの距離によって、交わされるコミュニケーションの取り方が変わるということです。

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マウンテンゴリラ

 姿が見えない場所でのコミュニケーションは、基本的に声だけです。そこにいるのが誰だか分からないとき、彼らはカタカナで記せば「ウハウ」と言った声を発します。ちょっと緊張したようなその声が、「Who are you?」と聞こえたので、フォッシー博士が、この「ウハウ」を「クエスチョンバーク」と名付けました。バークは「吠え声」という意味です。

 その「ウハウ」に対して、「グッグフーム」と返せば、「ぼくだ」「私だよ」と応えたことになります。皆それぞれに声質が違うので、これで相手が誰かが分かり、逆に応えないと「仲間ではない」ということですから危ないと判断する。このようにゴリラの挨拶に応えることは、非常に重要な意味を持つんですね。

──面白いですね。

山極 彼らが私のそばにやってくる時には、必ず私の手前2メートルぐらいのところで止まり、私の顔を見て問いかけるような顔をします。その時、いまは「ダメ」という場合は、「コホッコホッ」といった咳のような声を出せばよく、するとちょっと不満そうな態度で去っていくし、「いい」という時には「グッグフーム」と言うんですね。

 私のリアクションによってゴリラは次の行動を決める。これは、ゴリラの群れを観察して分かった彼らのルールでした。だから私もゴリラに近づく時は、2メートルぐらい手前で止まって、許しを乞うんです。そのルールを守らないと怒られますから(笑)。

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 この「怒ってくれる」というのがゴリラの特徴で、ゴリラはサルと違って指導してくれるんです。変なところで挨拶すると、「コホッ、コホッ」という声を出して怒られるので、それによって私は、正しい仕草を覚えることができました。

──言語を超えたコミュニケーションがあるということですね。

山極 私がゴリラから学んだのは、言葉によるコミュニケーションは情報を伝え合う上では優れたものですが、基本的に気持ちを伝えるためのものではないということです。ゴリラは言葉をしゃべりませんが、お互いに気持ちを伝え合うことはできますし、むしろ言葉を介さない方が、よく気持ちを伝え合うことができるんじゃないかと思ったくらいです。

 誰にも経験があると思いますが、言葉で理解しようとすると、その言葉の裏に何かあるのではないかと疑ってしまうようなことが結構ありますよね。でも、仕草や声、あるいは態度であれば、その裏には何もありませんから、非常にシンプルな付き合いができるんです。

ケンカをしてもお互い、面子が保てるよう仲裁役が入る


──ご著書の『スマホを捨てたい子どもたち』には、「おとなのケンカを仲裁するゴリラの子ども」という、とても興味深いお話が書かれていましたね。

山極 ニホンザルの世界には、常に勝ち負けがあって、トラブルを避けるために弱い方が引き下がるというルールがあるんですね。ケンカが始まると、周囲のサルたちは、勝つであろう強い方に味方し、そうすることですぐにケンカが収まります。

 それに対してゴリラは、ニホンザルのように優劣を気にしたりしません。身体の小さなメスや子どもでも、大きなオスに敢然と向かっていったりしますし、相手より弱いとか、負けたということを態度や表情で示すこともありません。

 ケンカの時も、勝ち負けをつけず、第三者が仲に入って「まあまあ」と収めてくれ、両者が面子(めんつ)を保ったまま引き分けるという秩序をつくっています。ニホンザルだと、ケンカを収めるのは、両者より強い者でないといけないわけですが、ゴリラの場合は、もともと両者とも引き分けにしたいわけですから、仲裁者はメスでも子どもでも構わないわけです。

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──なるほど、そういうものなんですね。

山極 ある日、大きなオス同士がケンカを始めようとした時、子どもたちが彼らにしがみついて、オスたちを引き離したということがありました。こうした状況でニホンザルの場合、ケンカを止められるのは一番地位の高いオスだけです。弱いサルが強いサル同士のケンカに介入したら、軽くあしらわれて、「邪魔するな」とばかりに逆に攻撃されてしまうのが落ちです。

 ところがゴリラの社会では、ケンカを止めるのは大きなオスだけの役割ではないのです。みんな本当はケンカをしたくないんですが、負けたくはないから自己主張し合うわけで、そこに誰かが仲裁に入ってくれれば、ケンカをせずにしかも面子も保ちながら引き分けられる。それが分かっているから、ゴリラは子どもの言うことも聞くわけです。

 こういう社会のつくり方もあるんだなと教えられて、大いに目が開かれたのを覚えています。

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「効率性とか生産性を重視するあまり、共感とか共存とか、人間が本来持っていた大切なものをどんどんなくしてしまっていると、ゴリラからそう教えられている気がします」(撮影/堀 隆弘)

シルバーバックの思いやりで生き延びた子どものゴリラ


──前掲書には、「ゴリラには仲間を思いやる気持ちがある」とも書かれていましたね。

山極 ガボン共和国のムカラバ国立公園で、ニシローランドゴリラのフィールドワークをしていた時のことです。背中が白い、シルバーバックといわれる心優しいオスとの出会いがありました。

 ある時、彼が率いているグループで、群れに属さないゴリラとの衝突事件が起き、乳離れ間近の子どものゴリラが、母親を失うと同時に、右腕の肘から先を失う大けがをしたんです。私たちは、このゴリラにドドという名前を付けていたんですが、母親を亡くし、手をついて歩くこともままならなくなった彼の運命は、厳しいものになると誰もが思いました。ところが、シルバーバックの思いやりのおかげでドドは生き延びたんです。

 移動する時は、群れから遅れがちなドドをゆっくりと待ち、木に登れないドドのために木の上からフルーツを落としてあげる。心折れずにたくましく生きるドドの姿とともに、そのシルバーバックの温かい思いやりに感心しました。

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ニシローランドゴリラ

 そして、安全な森からサバンナに出て、別の森に移動していく時には、シルバーバック以外のゴリラにも、思いやりを見てとることができました。先に森に入った若いオスゴリラらが森の縁まで戻り、ドドが安全に森に到達するまでじっと見守っていたのです。仲間を思いやるこうした行動は、危険な状況に直面した時、一層強化されるんです。

──感動的な話ですね。

山極 人間は、ゴリラが家族的な集団の中で見せたこうした共感力を、家族よりずっと大きな集団にまで拡大してきました。今その共感力が弱体化しつつあるというのが、悲しいかな現状ではないかと思います。これからの時代、そうした人への共感力を呼び戻していくことが、世界の平和を実現する一つの鍵になるのではないかと考えています。

生の世界を直観力で切り抜ける能力を身につける


──パソコン、スマートフォンなど、テクノロジーが発達して便利になった半面、ネット社会におけるひずみも出てきています。

山極 私たちは、インターネットでつながった社会を捨てることはできません。しかし、ネットの中だけでつながっているのは危険なことでもあります。インターネットはすべてを情報として捉える装置であって、身体でつながることができないからです。

 そうしたバーチャル空間での経験だけを積み重ねていると、繰り返しも再現もできない、リアルな世界とすり合わせることができなくなります。リアルな世界では失敗しても前に戻れないし、傷つきもする。そうすると、なぜフィクションの世界のように思い通りにいかないのかと悩んで、暴力をふるったり、泣き叫んだり、閉じこもったりするということが起きたりします。

 ですから、こんなはずではなかったと思う前に、生(なま)の世界を直観力で切り抜ける能力を身につけなければいけないと思います。

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──具体的にはどうすればいいんでしょう?

山極 そのためには、現実の身体を使った、リアルな付き合い方をする必要があります。フィジカルな接触でも、声だけのやり取りでも、気配を感じるだけでもいい。インターネットで情報をやり取りして終わりではなく、会って作業を共にして、相手の世界に入り、時にはギクシャクしてみることも必要です。

 そうすると、いろんな感情が芽生えますね。相手に受け入れられることもあれば、拒否されたり裏切られることもありますが、こうしたことを繰り返して、人間と人間が付き合うというのはこういうことなんだと学び、自分とは単純なものではなく、さまざまに受け取られるものであることが分かっていくんです。

 自分を受け入れてくれる友だちとだけ付き合っていれば、生きる意味が分かるかというとそうではありません。いろいろな人間関係があるからこそ自分が存続できるわけです。

地球を壊さないこと生物の自覚を取り戻すこと


──最後に、読者へのメッセージをお願いいたします。

山極 生物は、類あるいは種としてあるのではなく、個体として存在します。ゴリラとひと口に言っても、それぞれ別の個体です。つまり人間対人間でも人間対動物でも、基本は個と個の付き合いであり、それは相手がニホンザルでもキツネでもトカゲでも同じで、個体というのは、社会を考える時の基本的な単位であることに変わりありません。私はこのことをゴリラから学びました。

 しかし、それと同時に、彼らはゴリラとしての種の歴史も背負っており、それぞれの種にも、それぞれが進化してきた場所、背景、時代というものがあります。基本は個体だけれども、その個体がつくられた空間的、時間的つながりのすべてを背負って初めて個体があり、個体の類縁としての種の歴史があるわけです。

 そして人間も、一人ひとり異なる個人であると同時に、人間という種の歴史を背負っています。そうした意識がさらに拡大していくと、自分と地球全体の生命とのつながりが見えてきます。

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2021年から総合地球環境学研究所の所長を務めている。初代の所長は、動物行動学者の日高敏隆さん(撮影/堀 隆弘)

 多くの生物にとって、人間の存在は自分の感覚では把握できない、未知の存在であるかもしれないのに、その未知なる存在である人間が及ぼす影響がどんどん大きくなって、今、地球が壊れかけています。人間がまだよく分かっていないところで回っていた地球のメカニズムが、どんどん人間の手中に収まり、人間主体の地球に改変されてきているのです。

 46億年前に地球ができて、人間は地球上に生まれた生命の一つの形として進化してきたわけで、地球とは切っても切れない縁があるわけです。ですから今、私たち人間にできるのは、地球を壊さないこと、そして、地球の生物の一つであるとの自覚を、もう一度取り戻すことだと思います。  
(2022年9月2日、インターネットを通して取材)

*1=生態学者、人類学者、霊長類学者。京都大学名誉教授。1926~2001年
*2=1938年生まれ。霊長類学者。京都大学霊長類研究所(当時)教授を経て、同大学名誉教授

聞き手/遠藤勝彦(本誌)