大久保恭子さん (72歳) さいたま市見沼区 コースの途中、満開の桜の下で自転車を停めて安らぐ7人の参加者。右から3人目が大久保恭子さん 取材/多田茂樹 撮影/堀 隆弘

大久保恭子さん (72歳) さいたま市見沼区
コースの途中、満開の桜の下で自転車を停めて安らぐ7人の参加者。右から3人目が大久保恭子さん
取材/多田茂樹 撮影/堀 隆弘

 去る3月29日、さいたま市見沼区在住のSNI自転車部(*1)メンバー、大久保恭子さんの呼びかけで、自転車で散策しながら地元の自然を見つけるミニイベント(*2)「見沼の春を見つけよう!」が開催された。

 コースは、見沼区にある「桜回廊」。首都圏では貴重な大規模緑地となっている「見沼田んぼ」を囲むように、約20キロにわたって散歩やサイクリングのできる桜並木である。

上:心地良い日差しと春風を感じながら桜回廊を走る/下:若葉の作る木陰で、そよ風と野鳥のさえずりに包まれながらのお弁当タイム。コロナ感染防止に配慮して並んで座り、昼食を摂った

上:心地良い日差しと春風を感じながら桜回廊を走る/下:若葉の作る木陰で、そよ風と野鳥のさえずりに包まれながらのお弁当タイム。コロナ感染防止に配慮して並んで座り、昼食を摂った

 見沼田んぼは、JRさいたま新都心駅や大宮駅から4、5キロという近距離にありながら、昔から続く田園風景や雑木林などが残されており、市民の憩いの場となっている。この日参加したのは大久保さんのほか、6人の自転車部メンバーだ。

 大久保さんは、以前さいたま市から東京・原宿にある生長の家本部まで通勤する生活を送っていた。そのため地元の自然については、ほとんど馴染みがなかったという。地元の自然に目を向けるようになったのは、平成25年、生長の家本部が山梨県北杜市の八ヶ岳南麓に移転したことで、さいたま市での在宅勤務が始まったからだった。

「SNI自転車部ができたことに影響されて電動アシスト自転車を購入し、時間さえあれば近所をポタリング(*3)するようになりました。すると、それまで知らなかった地元の自然の豊かさに心から感動したんです」

 この感動を皆と共有したいという思いで、平成30年から毎年3回ほど、ミニイベントを開催してきた。特にこの桜回廊は、春は桜、秋は彼岸花の咲き乱れる見事なコースで、途中には見沼自然公園、さぎ山記念公園など見所がたくさんあるという。

自然に触れ合う時間

 この日の朝9時半、大久保さん宅前を一列になって和やかにスタートした。道案内をするように、電動アシスト自転車に乗った大久保さんが先頭を走る。背筋を伸ばし、真っ直ぐに走るその姿は、日頃から乗り慣れていることを感じさせる。

 5分ほどで七里(ななさと)総合公園入口に到着。残りの一人と合流してから、大久保さんが参加者にスケジュールや安全面での留意点を説明する。目の前には見事な桜並木が遥か遠くまで続き、花びらが風に舞っている。

 いよいよ桜回廊に乗り入れると、並木道には降り積もり始めた桜の花びらが絨毯のように敷き詰められてはいるが、それでもまだまだ満開の枝々が青空の下に幾重にも重なる。

「今日はお天気も桜も、期待していた以上に素晴らしいわね!」

「こんな近いところに、延々と続く桜を満喫できる名所があるなんて、とても幸せなことね!」

「青空の下、満開と花吹雪の両方が同時に眺められるなんて、私たちって本当に運がいいのね。緑も綺麗でまるでメルヘンの世界みたい!」

 新型コロナウイルスの感染拡大が続く中でのミニイベントであり、あまり大きな声を出すことは憚られるものの、感動の言葉が自然に口をついて出る。

 足元の土手腹に視線を落とすと、鮮やかな緑の草が生い茂り、黄色のタンポポや青紫のムスカリ、淡い紫色のハナニラなどの小さな花々が無数に咲いている。参加者たちは、豪華な桜、素朴な草花の両方を見落とすことなく、自転車を停めて、思い思いにスマホで写真に収めている。

上:見沼自然公園内の湿地を横切る木製の遊歩道沿いには、春の芽吹きが一杯/下:桜回廊を一列になり、快調にペダルを漕いで進む。手前に広がるのが見沼田んぼ 

上:見沼自然公園内の湿地を横切る木製の遊歩道沿いには、春の芽吹きが一杯/下:桜回廊を一列になり、快調にペダルを漕いで進む。手前に広がるのが見沼田んぼ

 大久保さんは、人・物・事のめぐり合わせに価値を見出し、日常にある幸せを味わうことの尊さを説いた谷口雅宣・生長の家総裁の『凡庸の唄』(日本教文社刊)の言葉に触れて、こうした時間をもつことの大切さを参加者たちと語り合う。

「毎日忙しい暮らしに追われると、じっくりと自然に触れ合う時間がなくなってしまいがちだけど、時々こうしてのんびりポタリングすると、本当に心が安らぎますね」

 さらに自転車を走らせ、昼前に今回のポタリングコースの南の端、さぎ山記念公園と、それに隣接する見沼自然公園に着く。見沼自然公園は、この辺りで最も自然にあふれる地域。ウッドデッキが通された自然観察園、トンボの池、野鳥の池などがあり、奥に分け入ると鬱蒼とした林も広がる。

 一行はこの公園の広場にシートを広げて腰を下ろし、各自で持参した弁当を広げて昼食を摂った。鳥のさえずりを聞きながら弁当を広げていると、野鳥との距離がぐっと縮まったような気がして、自然の中で鳥たちと同じいのちであるという喜びが湧いてくる。

先人の偉業に思いを馳せる

 昼食を終えて再び出発。北に向かってUターンし、桜回廊を外れて縁の田んぼに沿った道を辿る。この一帯の田んぼは埼玉県が実施する「見沼たんぼ公有地利活用推進事業」の一つとして、無農薬での米作り体験が行われている。

 農薬を使わないため、この田んぼはミジンコやカブトエビ、タニシ、アメンボ、トンボ、カエル、ドジョウ、ツバメ、カルガモ、サギなど様々な生き物の宝庫であり、豊かな生物多様性が育まれている。すべてのいのちには役割があり、互いに与え合い、支え合っているのだ。『大自然讃歌』(谷口雅宣著、生長の家刊)の「森は一つ生命(いのち)の塊(かたまり)と見ゆれども、/近寄りて見れば/無数の生物種棲む/多様なる生命共存の場、/相互向上の舞台なり。/生物種互いに/与え合い、/支え合い、/共に競いつつ/厳しい中にも/動きと変化に富む/美しき調和到るところに充満せり」という一節が思い起こされる。

どろんこになって遊べる「どろんこ体験水田」には、足踏み式の水車が残されている

どろんこになって遊べる「どろんこ体験水田」には、足踏み式の水車が残されている

 見沼田んぼは、古代は東京湾とつながる入り江だったことが分かっており、この辺りでは縄文時代前期の貝塚が数多く発見されている。その後、約6千年前に東京湾が後退して沼や湿地が残された。江戸時代中期、徳川吉宗の命によって、この沼の干拓事業が行われ、田んぼとして生まれ変わったのだ。

 大久保さんはミニイベントの資料を作成する中で、この地に水を引き、田んぼを拓くことに尽力してきた人々に思いを馳せるようになり、初めのうちは目に見える自然の美しさや、その命との一体感に感動していたのが、歴史を紡いできた人々の努力を知り、時間的な視野が広がると、さらに感動が深まったことを多くの人に伝えてきた。

 参加メンバーのH.T.さんは、地域の自然だけでなく、歴史の流れにも思いを致すようになって、物事を見る視野が広がったという。大久保さんも、「ただ単にのんびりとペダルを漕ぐのではなく、意識を持ってポタリングすることは、地元の歴史や伝統文化に触れるきっかけになりますね」と頷く。

 春の陽気を満喫しながらペダルを漕ぎ、朝に出発した七里総合公園に戻って、10キロ近いコースを走り切った。この日、自転車を使って地元を巡ることで、自然には無限の美があふれていることを実感し、地元の歴史や広大な田を拓いた先人たちに思いを馳せる一日となった。参加した一人ひとりは、走り切った充実感にあふれ、地元への愛が深まったに違いない。

*1 生長の家のプロジェクト型組織の一つ
*2 「倫理的な生活」の意義を伝えるために、生長の家のプロジェクト型組織のメンバーが開催するイベント
*3 自転車を使って散策すること